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北陸の庭園めぐり 2009年9月25〜28日

武家屋敷跡野村家

ぶけやしきあとのむらけ

石川県金沢市長町1-3-32

金沢駅東口から北鉄バス「香林坊」バス停下車徒歩5分

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武家屋敷跡野村家

長町は武家屋敷跡が存在する。その多くには小学校や病院が建っているが、残存するものもあり、当時の雰囲気を今に伝える土塀などがあり、情緒がある。長町は金沢城へと出勤する加賀藩士たちのベッドタウンだったのだ。ただし、この辺りに住まっていた武士は中級が多かったらしい。

石畳と土塀がいい感じ。ちょっとした迷路になっている。ここに住んでいる人たちは、武家の末裔なのだろうか?

左画像の右の方には、武家屋敷の跡がある。今は公園のようだが(右写真が解説図)、表庭、勝手庭、裏庭が一続きになっている構造で、当時の武家屋敷の庭を再現している。

左写真は、加賀藩士桑嶋氏の長屋門。これでミドルクラスの武家屋敷らしい。出窓のようなものがあるが、これは武者窓と言われるらしい。見張りのためのものだろうか?

なお、この出窓は「水曜どうでしょう」の企画「日本全国絵ハガキの旅」で紹介された。

「絵ハガキの旅」とは、全国から集めた絵ハガキを抽選ボックスから無作為に引き、その被写体のある場所へ実際に行って、珠玉の風景を視聴者にご覧いただく、という企画だが、金沢の絵ハガキはなぜかこの武者窓だけを撮影したもので、出演者の鈴井、大泉はもちろん、絵ハガキを用意したはずの藤村、嬉野のディレクター両名も疑問に思っていた。
まるで臨済宗の庫裏のような建物が見え隠れしている。しかし屋敷であり寺院ではない。

土塀の通りを抜けると、大野庄用水の流れる通りへ。天正年間に金沢の町が形成され始めたころに引かれた用水らしい。だから、もともとは町造りのための資材の運搬用に使われていたという。

用水沿いには武家屋敷跡野村家がある。観光客もバスでたくさん乗り付けてくる、長町のハイライトだ。前田家重臣野村伝兵衛信貞の屋敷であり、アメリカの日本庭園専門誌"japanese gardening"で堂々の5位にランキングされているという。

野村家のパンフレットに掲載されていた、屋敷の一階部分の図面。トレースするのも面倒なのでスキャンしてしまった。なお、見やすいよう少々色に手を加えている。

さて、団体客が少々煩わしいが、一つ一つみていこう。

まずは「控の間」。欄間の透かし彫りが目にとまった。

象二頭が中心になっているが、右に人が一人、そして小鳥が二羽地面にとまっている。上は表だが、下はその裏面。それぞれ矛盾なく彫られているのが特徴。何をモチーフにしたものなのかは不明。

こちらは滝で洗髪しているような人(左)と、牛を牽いている人(右)が彫られている。これは許由と巣父のエピソードを描いているのが分かる。許由は伝説上の隠者で清廉潔白な人物だった。その噂を聞き及んだ堯が彼に譲位しようと談判したところ、許由はそれを断り、汚らしいことを聞いてしまったということで、水で耳を洗ったのだという。許由と同様高潔な巣父がそれを知り、私の牛にそんな汚い水を飲ませるわけにはいかない、と牛を牽いて立ち去ったという。このエピソードがこの一枚の欄間のすかし彫りに表されている。

三日月が彫られた欄間。板が波をうっているようなことから、水面に映る三日月なのかもしれない。

「控の間」から「奥の間」へ。この間はひたすら豪奢で、襖という襖に画が描かれている。床の間と違い棚、付書院が備わっている書院造りとなっている。

やたらと鳥をモチーフにした襖絵が多かった。なお、全ての襖には展示物保護のためのアクリル(ガラス?)板がはめ込まれており、どうしたって光ってしまう。

天袋、下に違い棚がある。写っていないが、左には床の間があり、軸が掛けられている。

釘隠があった。塗装がはげている部分があるので、元々は別の釘隠が嵌められていたのではないか。

付書院の障子(左)と特徴的な欄間(右)。少し数寄が入っているかも。

「奥の間」からは外の縁に出ることができる。そこには日本庭園5位にランキングされた庭園が広がっている。水の落ちる音が聞こえる。この場所からは見えないが、滝があるようだ。
「控の間」から廊下へ出て、「仏間」へと移動。その途中に内庭がある。こじんまりとはしているが、落ち着いた感じ。欲を言えばもうすこし背丈の高い木を植え込んで欲しかった。
仏間。右の軸には天竺へ経典を取りに行く三蔵法師の姿が描かれている。版画のようだ。これはよく観るものである。

そして「謁見の間」。奥のは「上段の間」となっている。その名の通り、「上段の間」は「謁見の間」より一段高くなっている。「謁見の間」の白牡丹の襖絵は、大聖寺藩士の山口梅園によるものとなっている。

これが「上段の間」。藩主を招いた際にだけ使用された部屋で、床の間、天袋、違い棚、そして写真では見えないが、右側に付書院があり、典型的な書院造りになっている。格天井になっているのも、この「上段の間」に格調高さをプラスしている要素になっている。襖絵は狩野派の加賀藩お抱え絵師佐々木泉景による山水画となっている。壁はベンガラ塗り。

「上段の間」から眺めた庭園。左写真の、石橋をはさんで左側の水面と、右側の水面に高低差がある。つまり、石橋の真下に滝がある。立体的な作りになっていて面白い。

右写真を見ると、庭園がどれだけ縁に迫っているかが分かると思う。

円い飛び石が面白い。庭園にはたくさんの灯籠が配置されている。

庭園の端に設置された手水鉢。ちょろちょろと出る音が心地よい。左側は茶室。竹の格子が数寄っぽさ抜群。

手水鉢が気に入ったので、手水鉢を入れたショットを。こんな縁で寝転がってぼんやりするのもいいなぁ。非対称に組まれた平石橋が面白い。

さて、今度は離れにある茶室「不莫庵」へと移動する。飛び石。なお、スリッパなどはなく、この上を素足で亘る。ひんやりして心地よい。

茶室へと向かう飛び石から分岐して細長い石が組まれていたが、その途中につくばいが。自然にできた石のくぼみを利用しているようだ。

茶室の入り口。窓も面白いが、編まれた障子戸の腰板も面白い。

茶室内部の天井も数寄っぽさが出ていた。真菰の茎張りという。

茶室二階からの眺め。この下に、先ほど縁から眺めた庭園が広がっている。

見尽くしたので、先を急ごう。

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