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北陸の庭園めぐり 2009年9月25〜28日

成巽閣

せいそんかく

石川県金沢市兼六町1番2号

金沢駅東口から北鉄バス「出羽町」下車徒歩2分

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成巽閣

成巽閣は加賀藩13代前田斉泰が、母・真龍院(鷹司隆子)のために建てた御殿だ。12代齋廣の死後出家してここ成巽閣に隠居した。そのときの院号が真龍院である。ちなみに鷹司家は公家である。今回は内部の庭園を観るのが目的。

上は成巽閣に隣接した県立伝統産業工芸館。赤煉瓦の壁が印象的。苔の緑も目に鮮やか。

兼六園から成巽閣に入るには、この赤門から。「成巽閣」の額の下には、前田家の家紋が。金沢城からみて巽(南東)の方角にあることからかつては「巽御殿」と称されていた。

残念なことに現在改修工事中で、見学はできるが足場などが邪魔になりそうだ。

一階は書院造り、二階は数寄屋造りになっている。

入ってすぐ右手方向。右写真の天井は、謁見の間のもの。鏡天井(?)になっている。

さて、内部に入る。まず目に入るのは障子の腰板に描かれた様々な絵。右は亀。これにちなんでこの腰板のある間を「亀の間」という。

鮎の廊下の天井。ここの廊下の名も、障子の腰板に描かれた鮎にちなんでいる。

既にどの間のものか忘れた。亀の間だろうか…。違い棚と地袋の襖が豪華だ。前田家の家紋にちなんで梅を描いたのだろうか。

釘隠にも趣向が凝らされている。左は九弁の菊。これも前田家の家紋の一つ。右は…なんだろう。これも梅だろうか。前田家の家紋の一ヴァリアントとしてみるべきか。

万年青の縁庭園。万年青(おもと)とは、古典園芸で利用される植物のことで、江戸時代には大名家でよく栽培されていたという。が、特にこの庭園に使用されているわけでもなく、謎。囲いの壁色、意匠がいい。

遣り水が手前の苔部分と奥の部分とを分割するように流れている。常に水音が聞こえるように下流には落差が設けられている。この耳に涼しい仕掛けは、夏場に訪れれば気持ちがいいだろうし、冬場においても身の引き締まるような演出となっている。

実はこの屋敷に入ってからというもの、ずっと水音が聞こえていた。リラクゼーション効果をねらって、寝室である亀の間までも聞こえるように設計されているらしい。庭園に植えられている三本の加羅木は亀を暗示しており、寝室である亀の間と「亀」でリンクしている。当然長寿を願う意味も兼ねているのだろう。

「万年青の縁庭園」に面する廊下である「万年青の廊下」の障子の腰板に描かれているのが万年青(左写真)。

ということは、庭園に万年青が使われているからではなく、面する廊下に万年青が描かれているから「万年青の緑庭園」というようだ。庭園が先なのではなく、廊下のほうが先なのだった。実は「おもとのえんていえん」と読む。「みどりていえん」ではない。「えん」「ふち」とはこの廊下を指すらしい。

その名前(いつも「あお」)から観葉植物かと思っていたら、絵から分かるように花弁も付けるようだ。

鳥の意匠の髪留め。

広間。奥に見えるのが謁見の間。手前側が下段の間で、奥の御簾の架かっているのが上段の間。

二階へ登る階段もここから。

天井には情緒のある照明が据えられているが、当然当時のものではない。ただ雰囲気はいい。

襖や壁には臥蝶丸紋があしらってある。

謁見の間のうち下段の間の天井にも、広間と同じ照明が吊られている。この照明は、明治年間に当時の皇太子、のちの大正天皇がアメリカから輸入したものらしい。広間、謁見の間(上段、下段)の計三つがつるされている。

謁見の間、上段の間。まず花鳥をあしらった透かし彫りが見事。岩絵の具で極彩色に彩られている。御簾が架かっているのは、自然と低頭するためか。あるいは、公家出身である真龍院への配慮か。上段の間の天井だけ格天井となっており、格式高い場であることを示している。

書院、床の間、違い棚、張台構と武家書院造りの典型的な作りだ。

奥の掛け軸には「不斫根者仁也撰布宣者義也崇天象者禮也全呉調者智也年ゝ祭者信也」とあり、仁義礼智信の定義をしている。儒教の徳目を書いたものらしいが、この言葉の出典が分からない。「根を斫らざるは仁なり。布宣を撰ぶは義なり。天象を崇ぶは禮なり。呉調を全うするは智なり。年々祭るは信なり。」と読み下すのだろうか。中日大辞典にあたっても見あたらない熟語があるし、儒教に詳しくないのであまり意味は理解できない。

透かし彫りにズームアップ。

こちらは蝶の間。ここも障子の腰板に描かれた蝶の絵に由来している。

こちらは松の間。休憩のための部屋だそうで、謁見の間と繋がっているようだ。書院障子の腰板にはオランダから輸入されたガラスがはめ込まれ、絵が描かれている。障子を開けずとも、外の雪が観られるということで珍重されたようだ。

つくしの縁庭園。こちらもつくしの廊下に面しているところからこの名が付いている。ここにも遣り水が据えられている。中央には大きな黒松。

左はつくしの廊下に面した縁。軒先は独特の構造になっている。その模様も珍しいが、柱が一切無いことが一番の特徴だ。軒と屋根の間に大きな木が挟まっており、常に屋根を持ち上げている構造になっているので、柱がいらない。そのため、部屋から障害なく庭を観賞することができる。

一階を見尽くしたので二階へ。二階は数寄屋造りになっているというが…。

左写真は一階と二階をつなぐ階段。

果たしてそうだった。この数寄っぷりはどうだろう。

ここは「網代の間」だったか。

群青の間。その名の通り、天井が群青で染められている。壁はベンガラ。床の間や違い棚などがあるが、ゆるいカーブを描く壁が数寄っぽさを出している。左写真の左隣りの小間は「群青書見の間」という。3,4畳くらいの間だが、火頭窓型の障子、特徴的な天井、そして紫の壁。

この特徴的な天井は何の間なのか、よく分からず…。

とにかく二階はアクロバティックな世界が広がっている。

二階の廊下。外は改修工事のための足場とカバーがしつらえてあったので眺めは悪いが、廊下の雰囲気は凄く良い。廊下の天井が面白い。

成巽閣を出る。

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