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越南順化巡覧 2012年7月5~8日

ホーチミン市内散策まで

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ホーチミン市内散策まで

7/5(木)。

普段仕事に行くよりも早起きして成田へと向かう。まだ梅雨明け前だが,このところ空梅雨でこの日も傘を持っていく必要が無かった。前回は京成線で向かったが,多少遅くても乗り換えがいらないJRの快速エアポート成田を選んだ。平日の朝だからか空席が目立っていたが,成田に近づくにつれ席は埋まっていった。ただ,立ち客はほとんどいなかった。

7:40,成田空港着。廃止されるはずのセキュリティチェックは相変わらずあった。ただ,パスポートを見せるだけでいいらしい。カウンターに向かい,Eチケットを受け取って早々とチェックインを済ませた。前回のツアーでは並び席が保証されていたが,今回はその保証がないので,今後もできるだけ早めにチェックインすることにする。とりあえずベトナム行きの便では並び席になった。

【注】
現在ではベトナム航空でもオンラインチェックイン(Webチェックイン)がWebサイト,あるいは公式アプリで可能となっている。2015年くらいまではFlashを使った仕組みだったためモバイル環境では不可能だったが,現在ではそれが解消され,スマートフォンさえあれば24時間前からどこでも可能となった。ただし,2016年現在でもWebチェックインを済ませてもカウンターで紙の搭乗券を受け取る必要がある。ただし,Webチェックインの客はカウンターに優先的に案内され,出国審査も優待(ファースト・ビジネス・フリークエンシーカスタマー)扱いとなる。

最低限やるべきことは済ませたので,朝ご飯。軽く取りたかったので空港内のサブウェイで。欧米人の男二人組も客で来ていて,店員は英語で応じていた。こういうところで働く人はできて当たり前なんだなぁ。

その後両替へ。レートは悪いが,去年からベトナムドンの扱いを開始したということで,ひとまず円を100,000ドンに替えた。ベトナムは物価が安いので小さい額の札が使いやすいと考え,20,000ドン紙幣でお願いした。つまり50枚なのだが,私の分で在庫が切れたようで,奥さんは20,000ドン紙幣,50,000ドン紙幣,100,000ドン紙幣の組み合わせになってしまった。しかし後で分かることなるが,私は間違いを犯していた…。

【注】
このとき両替に利用したのはGPAだが,2016年現在20,000ドン紙幣の取り扱いはなくなり,50,000ドン紙幣・100,000ドン紙幣・200,000ドン紙幣の3種類となっている。寺院などの拝観料あるいは寄付など少額の支払いを除いて,50,000ドン紙幣を渡して「高額紙幣だからおつりは無いよ」と言われるケースはほぼないと考えてよい。ただし100,000ドン紙幣ならば,時にありうると思う。
また外国人向け宿泊施設・レストランなどでカードを使えるシーンは多いので,無理にドン紙幣の束を日本で確保する必要はない。レートも悪いので,到着空港で両替するのがよい(街中の両替商・ホテルに比べてレートが悪いが,タクシーは現金払いのため,街に出るためにある程度のドンが必要になる)。
あるいは国際キャッシュカードを使えば現地のATMでドンを引き出せる(手数料のほか,レートに数%上乗せされる)。ただし日額の限度額がデフォルトで0円となっていたりするため,出国前に設定変更する必要がある。また帰国後はすぐに暗証番号を変更するのがよい。ドル・ユーロ以外の通貨は日本での為替レートが悪いことが多く,この手法の方が有利な場合がある。なお現地のATMには英語表示機能がある。利用に最低限必要な単語を覚えておくべき。またATMではクレジットカードでのキャッシングも可能。利息はかかるが,レートによっては有利だろう。
このように海外で現地通貨を確保する手段は数多いため,ドル・ユーロ以外の通貨は日本で確保しないほうが一般的に有利。また余らせてしまった場合,弱い通貨の場合再両替ができないリスクもある。

両替を済ませたので,さっさと出国手続きを済ませてしまう。パスポートが必要だろうと思って出していたら,カゴの中に入れてくれと言われた。相変わらずパスポートが必要なポイントとそうでないところの違いが分からない…。無事手続き終了したところで9時。搭乗開始が9時20分からなので,さっさとゲートへ向かう。

【注】
一般にパスポートが必要なのは,カウンターでのチェックイン・出入国審査・搭乗・帰国時の税関のとき。

水を機内に持ち込めないことを前回で学習したので,ゲートのところで水を買い,酔い止めを飲んだ。iPhoneの時刻設定をハノイ時間に切り替える。ベトナムは日本にくらべて2時間遅い。10時から6時間のフライトだが,2時間得をするので14時に着く。

何がどう普通の水と違うのか,いまいちよく分からない。出国審査以後の場所で売られている液体であれば機内に持ち込むことができる。

鮮やかな青が印象的なベトナム航空の機体。今回の旅行もすべてベトナム航空利用である。搭乗すると今回もやはりレモングラスの香りがした。ベトナム航空の女性CAの制服はアオザイ。なお,地上スタッフの制服は青のアオザイである。

【注】
2016年現在,エコノミー担当CAは青緑のアオザイ,ビジネス担当CAは黄色のアオザイを着用しており,当時の臙脂色のアオザイは姿を消した。なおベトナム航空にファーストクラスはない。

前回乗った機材とは設備が違い,モニターが付いていた。ベトナムの花であるハスがデザインされている。モニターの横にはUSBの差し込み口が付いていた。データのやりとりが可能かどうかは分からないが,iPhoneの充電に使った。もちろんiPhoneはフライトモードに切り替えてある。

離陸後すぐにウェットティッシュが配られた。相変わらずココナッツミルクの香りがして腹が減る。ドリンクのサービスが開始されたので,すかさずビールを注文。

今回はなぜか無性にのどが乾いてしょうがない。機内が乾燥しているせいなのか,酔い止めの副作用なのかは分からない。また,エアコンが効きすぎているためか非常に寒い。毛布にくるまって過ごす。

heritageというベトナムの紹介雑誌があったので見てみると,偶然にも今回宿泊するホテルが紹介されていた。巻末にベトナム航空の路線図があるのだが,面白いことに,南シナ海にわざわざ「黄沙諸島Quần đảo Hoàng Sa」,「長沙諸島Quần đảo Trường Sa」という表記があった。他の地域には諸島の名前など書かれていないのに,である。これらは中国と領土問題で争っている諸島群である。日本では一般的にそれぞれ「西沙諸島」,「南沙諸島」と表記されるが,それらはあくまで中国での表記である。したがって,国営のベトナム航空では,それらの諸島の名前を中国名で表記するわけにはいかないのである。

モニターにはリモコンが付いている。裏返すとゲームパッドになっていた。ゲームをやる気にはならず,映画『三銃士』を少し観ただけだった。なお,字幕はベトナム語のみなので,日本語吹き替えで観るしかない。既に一度観た作品であるし,吹き替えの役者の芝居が下手くそなので観る気が失せた。

映画に飽きたのでフライト情報をずっと見ていた。ハノイ行きはいわゆる「太平洋ベルト」を辿ったが,ホーチミン行きは海上を飛ぶ。なお,上の画像はベトナム時間9:30(日本時間10:30),つまり成田出発後1時間半後の位置を示している。

ベトナム時間9:45(日本時間11:45),機内食が配られ始めた。和食と洋食,どちらも気になる。枝豆しんじょ,豚カツが気になったが,洋食のビーフソテーアジアンスパイシーソースと,アールグレーチョコレートムースが気になったので洋食にした。

なお,メニューの表紙はこんな感じ。CAのアオザイと同じ色,ベトナムの盆栽をイメージしているのだろうか。

ベトナム時間11時頃,フライト開始後3時間後には沖縄本島上空に位置していた。なお,小笠原海溝が英名である「Bonin Trench」になっていた(右下)。Boninとは「無人」の読みであり,江戸時代,小笠原島を「無人島(ぶにんじま)」と呼んでいたことに由来する。

ベトナム語表示では,東京はTokyoではなくドンキンDong Kinhとなっていた。

ベトナム時間11時半頃(フライト開始3時間半後),台湾付近を通過。

ベトナム時間13時半頃(フライト開始5時間半後),ベトナム領空に入った。ベトナム随一のビーチリゾートであるニャチャン上空だ。シートを起こすよう促され,次第に下降していく。

ホーチミンまでの間,かなりの揺れを感じた。ジェットコースターの落下のようにマイナスのGがかかったりと,なかなか面白かった。

14時,定刻どおりホーチミン到着。手前が乗ってきた機体。お世話様でした。晴れ間がのぞいていた。雨季とはいえど,ずっと降っているわけではないみたいだ。気持ちのいい空だ。

【注】
日本の梅雨とは違い,午後に土砂降りが発生して1時間ほどでやんでしまうのがホーチミン(おそらく東南アジア諸国すべてで)の雨季。

早速ベトナムでもWebアクセスしようと,iPhoneのフライトモードを解除したところ左上のキャリア表示武文に「Viettel」の文字が現れた。といっても水の名前ではなく,ベトナムの携帯電話会社の名前だ。つまり,Viet(ベトナムのベト)+tel(電話)だ。とたんにソフトバンクからメールが飛んできた。

Viettelは「海外パケットし放題」対象外のキャリアであり,海外パケットし放題対象のキャリアであるVinaphoneにつなげろ,とのメッセージなのだが,手動でVinaphoneに接続を試みようとしても,電波をキャッチしづかいのか,なかなかリストに現れない。それに,自分が海外パケットし放題サービスを契約しているかどうか分からず,もしそうでなければVinaphoneに繋げても無駄なので,とりあえずフライトモードに戻した。

入国審査を手前にして,いっきにベトナムの香りがした。ヌクマムの香りだろうか。日本の空港は醤油の香りがするというが,そういうことだろうか。

さて,フエ行きの便は19:10であり,それまで適当に過ごさなくてはならない。空港にいてもしょうがないので,計画どおりタクシーで街中に出てみる。ひとまず到着の4Fから1Fへ降りる。手荷物預かり所が1Fにあるという話だが,両替所やタクシー紹介所ばかりで見つからなかった。諦めてこのままタクシーへと乗り込むことにする。

【注】
手荷物預かり所はターミナル1Fの両端にある。

ホーチミン市内までは車で20分もあれば到着できるが,ベトナム名物のバイクで混み合う時間帯には1時間以上かかることもあるらしいので,17時にはタクシーを拾って空港へと向かうことにする。

日本人と見るや派手にぼったくるタクシーが名物と聞いているので,比較的トラブルの少ないマイリンMai Linhタクシー,ヴィナVinaタクシー,ヴィナサンVinasunタクシーのいずれかを探す。タクシーの客引きが激しいが,それらを払いのけ,マイリンを見つけて乗り込む。

マイリンとはいえ油断できないので,今回は「ぼったくり防止カード」を使った。領収書を求める文句が書かれているカードで,タクシー会社名,車体番号を控える欄がある。行き先を書いて,ドライバーに見せるのだ。

そのカードをまずタクシードライバーに見せたところ,頷いてくれたのだが,どこからかガタイのいい警備員風の男が現れて,そのカードを改めた。頷いて,マイリンタクシーのショップ(?)カードに車体番号を書いて寄越してくれた。あまりにもタクシーのトラブルが多いので,空港もタクシーを見張る警備員を雇っているのかもしれない(とすると公務員なのか…?)。

【注】
1Fは強引な客引き・白タク・ぼったくりタクシーがたむろしているため,敢えて出発階2Fのタクシー乗り場から乗車するのをお奨めする。1Fは到着階であるためターゲットになりやすいうえ,他の観光客との取り合いになる。2Fは空港にやってきた利用客がタクシーを降りるところで,必ず乗れる。またタクシードライバーも既に客を乗せてきた後なので,がつがつしていない。またタクシーが待機できる場所でもない。空港向かって左端に,制服ベストを来た配車係の職員がいるので,彼に声をかけてその付近で少し待てばタクシーに乗れる。

今回はまず郵便局に行ってもらうことにした。中で古い切手を売っているからだ。私は切手収集の趣味を持っており,特にベトナムを始めとする共産主義国家などの切手に興味がある。

とりあえずメーターは回っている。初乗りの「11.5」という表示も正しく出ている。この表示に1000を掛けると,支払うドンになる。つまり,初乗り料金は11500ドンである。日本円にしてたったの44円。まぁ,ぼったくられてもたいしたことないのだがね…。ただ,気になったのは彼のIDカードがどこにも置かれていないことだ。ちょっと怪しい…。わざと遠回りされることもあるというので,iPhoneのフライトモードを解除してGoogle Mapsで現在地を監視することにした。パケットし放題対象外といえども,webアクセスしなければ大丈夫だろうとたかをくくっていた。

【注】
上の「パケットし放題対象外といえども,webアクセスしなければ大丈夫だろう」という認識は誤っている。ほとんどのアプリはWebにアクセスしており,Google Mapsも例外ではない。

なお,ダッシュボードの上にはマリア像が置かれていた。キリスト教徒なのだろう。

いきなりバイクの群れ。2年前にも見た劇場風の建物やモスクなどがあったので,正しい道を進んでいるのだと思う。

2年前にも見た公園に近づいてきた。もうすぐだ。

14:50,郵便局に到着。結局遠回りはしなかった。タクシーに乗ったのが14:30なので,20分で済んだことになる。メーターが示しているのは121000ドン。桁が大きいが,20000ドン札しかないので,7枚出して140000ドンを支払ったところ,頷かれ,釣りを出してくれない…。文句を言うのも疲れるので「しゃーねーなぁ」と降りようとしたら,領収書いるんだろ?的なジェスチャーをされた。で,受け取った領収書にはメーター通りの121000ドンと書かれていた…。140000ドンといっても日本円でたったの534円なんだけどね。運転手に取られた差額の19000ドンもたったの72円だ。チップだと思おう…。


さて,郵便局では中央の売店で切手を探す。

結局買ったのは,ベトナム戦争中に発行されたベトコンを図案とした使用済み切手(50,000ドン)と,一世紀に後漢の支配から脱しようとベトナム人を主導し反乱を試みた徴姉妹を図案とした使用済み切手(25,000ドン)を購入した。徴姉妹は姉の徴側と徴弐で,ベトナム語でハイ・バー・チュンと呼ばれる。ハイは2,バーは女性,チュンは姓の徴のこと。彼女たちはベトナムにおける中国への対抗意識の象徴として,英雄的に語り継がれ,切手の図案ともなっているのである。また,ハノイとホーチミンにはハイ・バー・チュンの名を冠した通りがある。もっとも,ベトナムでは,通りの名に昔の英雄の名をつけることが多い。たとえば,明朝と戦って独立を得た黎利(レ・ロイ)の名や,モンゴルと戦って追い払った陳興道(チャン・フン・ダオ)の名を付けた通りはベトナム各地に見られる。

さて,ここから歩いてお店を見ていこう。途中でベトナム国産のコンビニ,shop&goを見つけてしまった。ローカル色が強すぎて入店はためらわれた。

【注】
2016年にハノイのshop&goに入店し,ビールと水,つまみなどを買った。至って普通の店。


アートブックNhà Sách Art Bookというお店。プロパガンダ色の強いポスターなどを図案としたステーショナリーを扱っている。外資系のお店のため,ベトナムの物価を考えるとかなり高い。ベトナム的な図案をちりばめたカレンダーが気になったが,かさばるのでポストカードブックを二冊買った。


それぞれ150,000ドンで計300,000ドン。日本円で1,149円。けっこう高いな…。成田空港でいっぱい両替した20,000ドン札がどんどんなくなっていく…。タクシーでも結構渡してしまったし。もっと大きい額面の紙幣にするべきだったと後悔した。

【注】
この店は既に閉店したという。ただ,別の店舗で営業中。

空港間近にもあるパークソンというデパートが街中にもある。インドネシア系の店だそうだ。

ホーチミン博物館の近くを通る。戦車やヘリコプターなどが屋外に展示されている。なお,ベトナムの都市には必ずホーチミン博物館が存在する。

このあたりから,道路を横断する必要が生じてきた。ベトナムでは無数のバイクが走っており,信号無視が日常茶飯事なので,道路を横断するだけでもかなりの恐怖が伴う。一体信号があるのかどうか不思議だったが,どうやら青信号はなく,停止しなければならない時のみ,赤の信号が点灯するようだ。しかも,信号の形も丸ではなく,赤い十字になっている。歩行者用の横断歩道や信号機もあるにはあるのだが,すぐに変わるし,左折や右折して入ってくるバイクがあるので,信号機が変わったらすぐに横断しなければならない。しかし,慌ててもいけない。バイクのドライバーたちは,歩行者の動きを予測しながらよけていく。したがって,いきなり横断のスピードを上げたり,引き返したりするほうがよっぽど危ないのだ。ゆっくりと歩いてバイクによけさせるのが賢い横断方法である。

ベトナミーズファミリーがパジャマ着てこっちを見ていた。


次に訪れたのはドグマギャラリーDogma Gallery。フランス人のデザイナーが,ベトナムのプロパガンダな意匠をマグカップ,ブロックメモ,ノートなどに使って販売している。


私はここでiPhoneカバーと小さなメモノートを買った。それぞれ60,000ドン(229円),200,000ドン(763円)だった。店員はベトナミーズだったが,日本語がペラペラだ。日本のベトナムガイドブックで紹介されているから日本人がたくさん訪れているのだろうか。値段もベトナミーズにとってはかなり高いもので,地元の人が利用する店とはとても思えない。iPhoneカバーはすぐに装着した。

ここを出たあと,いきなりメールを受信した。パケット料金が10,000円を超えたってか…。たった20分使っただけで? 恐ろしいのですぐにiPhoneを再びにフライトモードにした。Vinaphoneにはどうすれば繋がるんだ…。GPSを記録しておきたかったが仕方がない。このまま使っていたら数十万円請求されてしまうことになる。翻訳アプリを使おうとしたら,ネットワークに繋がっていないので確認しろ,とメッセージが出た。このアプリだけでなく,ほとんどのアプリが機能しなくなった。なんとネットに繋がっていないようで,しれっとネットに繋げていたのか…。

怖くなったので,フライトモードONだけでなく,モバイルデータ通信をオフ,データローミングをオフにした。電源を落とさないのは,撮影に使いたいからだ。

最後に行ったのは書店。ホーチミンでおそらく一番本を取り扱っている,FAHASAのグエン・フエ通り店に入った。前回も入ったところで,おそらく万引き防止のために荷物を預けることになっていることを知っている。

前回の旅行から帰国後,ベトナムの書籍が欲しくなり,国内のベトナム語書籍を扱う書店に注文したら,原価の何十倍もの価格を請求されたので,欲しい本は現地で買ってしまおうと考えたのだった。

今回買ったのは,越日と日越が合本になった辞書,そして漢越語辞典。それぞれ79,000ドン(301円),175,000ドン(668円)。日本では辞書をこんな価格では買えない。ちょっと荷物が重くなったけど…。ところで,緑色の制服を着た二人の公安警察が日本語辞書を物色していたのが気になった。いったい何をするつもりなんだろう。

もう16:30を過ぎた。早めの夕食を摂って空港に戻らないと。ここでどこで食べるかで悩み始めた。かなり買い物をしてしまったため,残りドンが心許ない。両替商を探してうろうろしてしまったが,目の前にキムド・ホテルKhách Sạn Kim Đô(Royal Hotel Saigon)があった。ホテルのフロントなら両替できたんだっけ。外国人向けホテルのようだし,英語も通じそうだ。

フロントのmoney exchangeと札のかかったところで日本円7,000円をドンに替えた。2,508,000ドンになった。桁が大きすぎる…。100万ドン札で渡してきそうになったのでsmaller, pleaseと言ったら最高紙幣を10万ドン札でくれた。紙幣の在庫が無かったようで,ひげのオヤジさんは自分の財布を開けた。札を受け取ると「アリガト」と日本語で返してくれたので「cảm ơn!」とベトナム語で言ってやったら予想外だったようで,喜んでいた。

ラップ&ロールWrap & Roll Huỳnh Thúc Khángという,春巻きをメインにしたベトナム料理のチェーン店が目にとまったので,ここで食べることに。もう16:50なので急がないと。適当に麺料理を二つ,揚げ春巻きを注文した。それほど時間はかからずに出てきたのでほっとした。

結局出てきたのは,肉団子入りの汁入り米麺と,牛肉とタマネギを炒めたものを載せた汁なし米麺料理。奥さんは汁入り米麺に付け合わせの生野菜をどっさりと入れていた。おいおい…。あと,暑いのでレモンジュースを頼んだが,氷がどっさりと…。だいじょぶかなー…。奥さんは割と強いのだけれど,私は腹が弱いので気をつけたい。

さて,もう17:15になってしまった。そろそろホーチミンも渋滞時間になっている。タクシーを見つけて空港に戻らないと。マイリンは見つからなかったが,ヴィナサンは見つかったので,ドアを開けてOK?と確認すると頷いてくれた。

女性や子供は埃を吸い込まないように,あるいは日焼け防止のためにマスクを着用していたりする。ヘルメットは着用が義務化されている。

このドライバーにもちょっと警戒していたが,空港に着くと120,000ドンとなった。さっきと同じ料金だったので,ぼったくりは無かったのだと思う。空港から市街へは20分で済んだが,空港へ戻る時には混雑していて40分かかった。もう18時近くなっている。19:10のフライトなのでそろそろチェックインしなくては,だ。

【注】
今考えると,当時は警戒しすぎていたと思う。ぼったくりタクシーなど,そうそう遭遇するものではない。ぼったくりタクシーが多いという印象を受けるのは,人はぼったくられた時のタクシー乗車のことだけを報告するからだろう。わざわざぼったくられなかったことを報告する人はあまりいない。また,悪いことが起きたときの方が声が大きいというのもある。

さて,空港に着いたのはいいのだが,実はホーチミンの空港,タンソンニャット空港は国際線のターミナルと国内線のターミナルは別になっている。これからフエに行くので,国内線ターミナルに行かなくてはならない。しかしタクシーが連れてきてくれたのは国際線ターミナルだった。おそらく,外国人なら国際線であろうと決めつけてしまったのだろうし,我々もわざわざ国内線ターミナルへ行ってほしいとは伝えなかった。

国内線のターミナルは徒歩で5分の場所とのことであり,方向も分かっているのだが,行き方が分からない。そこでうろうろしていると,タクシーの運ちゃんがうるさく勧誘してきた。とりあえず,フエに行きたい,空港はどこだ? と言っていると,ガタイのいい警備員がやってきたので「domestic!」と言ってみると,階段を下りろ,と教えてくれた。感謝の意を述べて階段を下りてみると果たして国内線ターミナルへの案内板があった。しかもそこには手荷物預かり所もあった。こんなところにあったのか…。

急ぎ足で国内線ターミナルへと向かい,カウンターへ。チェックインを済ませ,航空券をゲットすると18:00を過ぎたところだった。セキュリティはやけに念入りで,金属探知器を体に押しつけられ,ベルトまでチェックされてしまった。

【注】
国外の空港では,この程度のチェックは当たり前。

とりあえず搭乗時間の18:40前には諸々の手続きを終えることができた。ちょっとヒヤっとした。

国内線の搭乗口前は,暗めで暑い。

搭乗時間になったので,一旦空港の外に出てバスに乗って飛行機へと向かう。ただ,適当に案内されてしまったので,他の飛行機に案内されたのではないかと不安になる。そこで,適当なベトナム人にフエ行きかどうかを尋ねてみたところ,そうだ,ということだったので安心した。

国内線は国際線と違い,モニターもないし,座席数も少ない。見事に回りはベトナム人ばっかり。離陸時には,ホーチミンの夜景が見えた。渋滞するバイクと車の照明が光の河になっていた。

一日目のホーチミン,雨を心配していたが,結局降られなかったのでほっとした。湿気は日本の梅雨の時期のほうがあるかもしれない。曇り空だったので照りもなく,それほど暑さは感じられなかった。

離陸直後,おきまりのウェットティッシュと水が配られた。国内線で軽食が出ると思っていたが,水だけだった。ただ,暑いので水がもらえるのは嬉しい。見たことのないブランドだ。すぐに照明が消え,機内はまっくらに。すぐに寝てしまった。

【注】
ベトナム航空の国内線で軽食が出たことは一度もない。

目を覚ますともうフエ到着直前。窓の外を見ると満月。眼下は雲。雨が降っているのかと心配になる。

まわりを見渡すと,せっかくもらった水に手を付けていない人たちがいた。水道水は飲めないし,暑い国なので水は貴重だ。ホテルでも無料サービスの水が一人一本あるが,それだけでは心もとないので,ちょっとセコいが,他の人が手を付けずに置いていった水を何本か持って空港へと降り立った。

既に真っ暗。沖付けとなり,バスに乗って空港へ行く。

【注】
フバイ空港で,ボーディング・ブリッジで搭乗・降機したことはこれまで一度もない。

フバイ空港は既に真っ暗。周りは田舎なのでかなり暗い。もう20:30を回っている。フバイ空港の書店で欲しい本が売られているかどうか確かめたかったが,既に店じまいしてしまったようだったのであきらめるしかない。あるいは出発ロビーにあるのかもしれない。帰りにチェックしないと。

【注】
書店は出発ロビーにある。

荷物を受け取り,外を見てみると,こちらを凝視している人が一人いた。行程表には,ここで現地スタッフと待ち合わせて,ホテルまで送って頂けることになっている。彼はガイドだろうか。奥さんのトイレが終わったところで外に出てみると,たくさんのベトナム人が出迎えてはいるが,ガイドっぽい人がいない。そこで振り返ってみると,先ほどから凝視していた人がいたので,声を掛けてみると,我々の名前を書いた紙を広げて見せた。彼曰く,「そうかなーと思って見ていたんですけど,ベトナム人みたいだったので声をかけなかったんですよ。ベトナム人に似てますね」と…。

空港の外は意外と風が涼しく,以前に感じたような暑さはなかった。

彼に先導されて車に乗り込む。ドライバーさんもいた。重かった荷物をトランクに入れて車に乗り込んだ。ガイドさんの名前はニャットさんという。ホテルへの送りと,あさっての空港への送りをしてくれる。

いきなり「ベトナムは何度目ですか? 三回目?」と訊いてきた。なんでも,行程表を見て,リピーターだと思ったらしい。フエを重点的に攻めるのはリピーターらしい。二回目であることを言うと納得していた。「明日はどうするつもりですか?」と訊かれたので,自分で作った行程表を見せると大変に驚いていた。「私,この仕事12年やっていますが,日本人をこんなところに連れていったことはありません…」と。ちょっと呆れていたように思う…。

フエはやはり一年で今が一番暑い時期らしい。乾季で雨はほとんど降らないが,午後に1時間未満でやむような雷雨が降ることはあるらしい。ただ,今日は珍しく涼しかったそうだが,普段は日なたで40℃を超えるとか…。がんばんないとなー。

空港からホテルまで1時間かかるらしい。フエ市街まで30分,そこからホテルまで30分。フエ市街まではバイクも少なく,以前訪れたときの閑散とした雰囲気がよみがえってきた。たった2時間前にホーチミンの雑踏を見ていただけにギャップが激しい。

随分暗いなぁと思っていたら,ニャットさんが「この辺,停電しています」と言った。停電,途上国の常だ。2年前も大都市ホーチミンで短い時間だったが停電を経験した。今年,ホーチミンでは電力供給が厳しいらしいとのニュースを日本で得ていた。停電,あるのだろうか。

ただ,フエ市街に入るとさすがにバイクの量は増えたが,それでもホーチミンには叶わない。ホーチミンは800万人に対し,フエはたったの40万人だから仕方ない。はっきり言ってフエは田舎なのだ。ニャットさんは「ベトナム人は寝るのが早いですから,みんなもう寝てます。仕事が終わったらすぐ帰ります。残業しない」と言って笑っていた。ベトナム人はとても朝が早い。その代わり夜は早く寝るのだ。

ビッグCという巨大ショッピングモールを見た。フエで一番大きいらしい。ホテルの近くにもスーパーがあるとか。

再びフエ市街を離れた。途中で「MY AN」という看板を見つけた。ミーアン温泉というのがフエの郊外にあることを知っていたが,ここにあったとは…。MY AN ONSEN RESORTとあって,ONSENがベトナムでも通じるとは。

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