更新履歴

アンコール遺跡・フエ阮朝史跡巡覧 2014年7月12~17日

阮朝王宮

Hoàng thành Huế

< pre / next >
index / site top

阮朝王宮

王宮の左下隅。いつもは歩いたことのない場所。このあたりの堀の水はほとんど干上がっているようだ。右写真の先に見えるのは東門だが,チケットをあそこで買えるか上明なので,素直に左写真の先に見える正門の午門から入る。

太廟エリアの正門の二層目のみが羅城の先に見えている。

阮朝王宮の正門である午門が見えてきた。なんと修復工事中だった。ぼろいけど重厚感のある以前の門が良かったんだが…。変に修復して安っぽくならないで頂きたいものだ。

午門前の広場には旗台がある。現在はベトナム国旗が掲げられているが,阮朝滅亡以前にはここに阮朝の旗が掲げられていた。それをバックにキメキメのguysが撮影をしていたので撮ってた。こんなに暑いのにスーツ着用,ノーネクタイ,そしてなぜか両親指を両ポケットに突っ込んで。ピンクのアオザイの女性も撮影中。日陰ではカップルがデートしている。

いつ来てもここでは凧揚げをしている。フエ市民憩いの場だ。王宮は2年に一度開催されるフエ祭りHue Festivalの会場ともなっているためか,フエ市民にとっては精神的な拠り所となっているのかもしれない。雨が降りそうだ。午門を通って中へ。現在の入城料は10.5万ドン。初めて訪れた2010年は5.5万ドン(ドル払いなら4ドル)だったのでかなり値上がりしている。

後ろから見た午門。トタン板がハリボテ感満載だなぁ。見苦しい。

太和殿の左手を通って中心部へ。もう三度目の訪問なので内部の見学はパス。

太和殿裏側。

太和殿の先。一段高くなっているところに勤政殿があったが,現在はまだそれらを取り囲む回廊くらいしか復元されていない。

勤政殿の先の衝立は当時のまま。ただしよく見るといくつかの弾痕が認められる。ここフエはベトナム戦争時に南北ベトナムの最前線であり,テト攻勢の際には紫禁城内も激戦地となった。その際に殿宇がたくさん崩壊した。

回廊の後ろへと出てみる。一段高くなっているところにかつては光明殿が建っていた。ちなみに,ここと反対側の回廊の後ろに対称的に建っていたのは貞明殿。奥にある基壇には,かつて日成楼が建っていた。そのさらに奥に二層目が見える建造物は太平御覧書楼。皇帝のための図書館だ。

向こうに建っているのは閲是閣。現在はここで宮廷舞踊を鑑賞できる。

閲是閣にアプローチするために城壁を抜けようとしたときに見えた虹。遠雷が聞こえ,風が出てきたのでまもなくここでも雨が降るのだと思う。ここらで雨でも降ってくれると涼しくなると思う。

城壁の先の閲是堂。

閲是堂エリアの建造物。観光向けではなさそうだが,かつてはこのあたりに侍衛直房(おそらく皇帝に近侍する者たちの詰め所)・太医院(皇族のための侍医の詰め所)があった。

閲是堂裏手の変わった形の池。閲是堂エリアの修復はまだまだ遅れており,瓦礫が落ちている区画もある。

閲是堂の脇は綺麗に整備されていた。

日成楼の基壇。

日成楼の上から閲是堂を臨む。閲是堂からは紫禁城の上方に向かって回廊が延びる。

次は太平御覧書楼を臨む。閲是堂から延びる回廊はここで直角に折れる。日成楼の基壇の正式な登り口はこちら。

閲是堂から延びた回廊は,中心殿宇を囲む回廊と接続している。接続部の右手部分にはかつて養心殿が建っていた。日成楼の上は瓦礫が落ちており,殿宇の復元はまだまだのようだ。

今度は中心殿宇方向を臨む。囲まれている部分に光明殿があった。赤いのは中心殿宇を囲むように接続している回廊。4年前には存在しておらず,最近になって復元されたものだ。右の先に見える青い壁の建造物は左廡。

基壇を二階層降りて振り返る。

そして回廊と接続。

基壇と階段の接続部外側に装飾が。おそらく排水口だと思う。

振り返って日成楼の基壇を。

回廊から外れて太平御覧書楼の裏手に出た。

左は中心殿宇を囲む回廊で,あの口からこのエリアに出て来た。手前の芝生部分には,かつて養心殿が建っていた。

太平御覧書楼の背後には池があり,ちょっとした庭となっている。

4年前の太平御覧書楼は今にも崩れそうな状態であったが,2年前には綺麗に修復されていた。ただし重厚感は失われている。

太平御覧書楼の正面に向かう。正面部分も復元されているがスカスカしている。

屋根の装飾はかつてのままかと思う。

太平御覧書楼の正面。

太平御覧書楼の先。衝立の左右にはそれぞれ門がある。

それらの先はまだ復元中。かつてこのエリは紹芳園と呼ばれる園地であり,中心には皇福殿が建っていた。

太平御覧書楼の先の御園エリア。左手の島にはかつて霊佑寺が建っており,しかも今は分断されている回廊が接続していた。この水域を小御河という。

左写真の中心やや左の奥に見えるのは紫禁城最奥エリアに建つ八角亭。そのさらに先には,紫禁城内で最奥に建つ建中楼が建っていたが,現在は基壇が残るのみ。バロック式のファサードを備えるという,中華風の殿宇が立ち並ぶ中,かなり異彩を放っていた殿宇であったらしい。

御園エリアに建つ殿宇。御前文房と呼ばれていたか。

右手に少し見えている橋で御園へとアプローチ。

現在御園内は花が椊えられ,綺麗に整備されていた。

小さな祠があった。かつて御園の中心には霊佑寺が建っていたが,現在は紫禁城外に移転している。あまりにも小さいため,霊佑寺とは無関係の廟であろう。このあたりでとうとう雨が降ってしまった。

建中楼の基壇の脇を抜けて紫禁城の水域エリアへ。先に見えるのは和平門で紫禁城の羅城の一部となっている。やや左手の方に見えるのは四方無事楼で,北闕台と呼ばれる台の上に建っている。四方無事楼は現在カフェとして営業している。いったん和平門から紫禁城を出なくてはならない。

雨が降っているし,まだ観るべきものが残っているため,カフェは利用せずにすぐ降りた。なお,四方無事楼の利用は,王宮チケットが無くてもよい。

北闕台から紫禁城の水域エリアを臨む。見学終了時間が迫るので急いで戻る。

建中楼という殿宇の基壇。

建中楼から見た午門方向。建中楼には刈り込みが綺麗に整備されている。旗台が真正面に見えた。城内で迷った際には,あのベトナム国旗が目印になる。

建中楼左手の区画。元々ここに何が建っていたのかは上明。現在は修復作業員の詰め所になっているのかもしれない。

なぜかテニスコートがある。プレイ中だった。

テニスコート前のエリアには何も無い。以前から何も無かったとは考えられないので,修復が遅れているのだろう。

左手に見えるのは中心殿宇を囲む回廊。そこからさらに回廊が延びている。手前の背の低い壁はおそらく現存している壁だろう。その手前に小さな祠を見つけた。

背の低い壁と修復された回廊に囲まれた部分。一段高くなっている区画があるが,かつてはここに,養心殿と対称的になるように順徽殿が建っていた。

修復された回廊の内側。背後には中心殿宇であった乾成殿が建っていた。左手に見える門の先はかつては内宮であった。現在は荒れている。

内宮の方向を臨む。荒れている。ただし時間が無くて,内部がどのようになっているのかを詳しく調べることができなかった。次回訪問した時に調べよう。

同じ地点から午門方向を臨む(旗台に掲げられたベトナム国旗が見える)。手前は中心殿宇を囲む回廊の一部だが,まだ延伸途中。一段高くなっている部分にかつては貞明殿が建っていた。奥に見える青白い殿宇は右廡。

中心部へと入る。先に見える大きな衝立は,さきほど見た衝立の裏側。ということはあの先に勤政殿が建っていたということになる。

衝立のあたりから内宮方向を。木々が生えていて荒れ放題であることが分かる。

17:30の閉館時間を過ぎるので,もう退城しよう。観光用の馬が見えた。

午門から出られると思ったが,既に扉が閉じられていて職員もいない。看板には「顕仁門から出ろ《とあったので,地元のベトナム人と一緒にそこへと向かう。

小さな祠を見つけた。

太廟エリア内で修復が進行中の隆徳殿だろうか。なんだか安っぽく感じる。4年前から2年おきに王宮を観ており,3回目の訪問になるが,そのたびに修復が進んでいてびっくりする。ただし残念な修復も目立っていて,今後の修復方針が気になるところだ。

顕仁門に着いたが,ちょっとだけ内務府を撮影。門の前の職員には「早く出ろ《と言われたが,「一枚だけお願い《と言うと笑顔になり,分かってくれた。出る気がないと勘違いされたようだ。写真を撮るだけと分かると紊得したようだった。

顕仁門。1時間にも満たない駆け足の見学だったが,今回の王宮訪問はこれで終わり。さて,コープマートに買い物に立ち寄ってからホテルに戻ろう。

まだサッカーをやっていた。暑いのでみんな上半身を脱いでいる。先に見える門を出て新市街へと戻るのだが,あの門が狭くて車もバイクも通るものだから危なくて仕方がない。いつも難儀している。

コープマート。最後の王朝の首都であったとはいえ,やっぱりフエは田舎街で,遊ぶところが極端に少ない。ここはいわゆる日本のスーパーに相当するような規模だが,それでもフエっ子にとっては数少ないプレイスポットであるようだ。

大音量のBGMが鳴り響くロッテリアには若者がひっきりなしに訪れ,日本では見られないライスメニュー(ご飯とチキンとかの組み合わせ)が売れている。あとはジュース,あるいはソフトクリームだけを買っていく子も多く,彼らが貰う小遣いではこの程度が限界なのかもしれない。暑さで疲れてしまっており,店を探すのが面倒なのでここで夕食を済ませることにした。一人旅だと食事に拘らなくなる。ホテルのレストランで夕食を頂けることに気づいていれば,ホテルで摂ったかもしれない。後で知ったところによると,あのホテルはレストランとしても有吊なようだった。食べたのはエビバーガー。セットで300円くらいだったかな。

その後コープマートで少し買い物。ベトナムではいわゆる定価なる概念がなく,水を買うにしてもいちいち価格交渉をしなければならないほど曖昧なのだが,このスーパーではあらゆる商品の価格が明示されているため,愛用している。明日はフエを本格的に回るので,水を2本確保。部屋に無料で付く2本と合わせれば充分だろう。あとは晩酌用のビール。一缶30円で買えるので嬉しい。それと小腹が空いた時のためのスナック菓子などを。

ベトナムの車道を渡る機会が久々に訪れた。バイクが途切れたところを突っ切る。途切れなさそうなら,少なくなるタイミングでゆっくりと渡る。交通量の多いコープマートのあたりではさすがに信号機が設けられていたので,徒歩用信号が青になった瞬間に一気に渡りきる。

王宮と市街を分け隔てるフォーン(香)河。天然の堀として機能したのかもしれない。歩いているとシクロ(人力車の自転車バージョンみたいなやつ)のおっちゃんによる「乗れ《という営業攻勢を受けるが無視。

ホテルに戻り,明日の車の手配をしてもらったスタッフと打ち合わせ。一日チャーター料金が80ドルで,空港への送りが16ドル。支払いを済ませて部屋へと戻った。ホテル近くの安常公主祠An Thường công chúaも見学しようと思っていたが,既に暗く閉まっていると思われたため,明日は早起きしてドライバーが来る前に見学を終えてしまおうと思う。

ホテルの部屋に備え付けられているPC。なんと日本語フォントを搭載しており,日本語サイトを問題なく表示できる(シェムリアップ空港のフリーで使えるPCには日本語フォントがなかったため文字化けでの表示だった)。ただし日本語入力IMEが無いので,入力は上可。検索窓にローマ字を入力することで出てきた検索候補を選んだり,表示されたものをコピペして日本語を作っていくしかない。

このPCでUSB型の音楽プレイヤーを差して充電していたのだが,帰国してPCに差してびっくりした。ウイルスが検出されたのだった…。おそらくこのホテルのPCはウイルスに感染している。海外のPCには上用意に記録媒体を差し込んじゃダメだな。

買ってきたビール。左は333(バー・バー・バー)というホーチミンのビール。右のレトロチックで可愛い書体のビールはhudaというフエのローカルビール。明日担当してくれたドライバーはhudaが好みだと言っていた。30円で飲めるって凄い。普段発泡酒しか飲んでいないので,ベトナムやカンボジアに来るとビールをたくさん飲めるので嬉しい。8缶飲んでも日本のビール1缶より安いのだ! 味は全く問題ない。


ℼⴭ匠⵴偈䘭ⴠ㸭ഊഠ㰊慴汢⁥散汬灓捡湩㵧‰散汬慐摤湩㵧‰楷瑤㵨ㄢ〰∥戠䍧汯牯⌽䙆䙆䙆戠牯敤㵲㸰਍琼㹲਍琼⁤楷瑤㵨㌢∰瘠污杩㵮戢獡汥湩≥㰾⁡牨晥∽瑨灴⼺是㉣挮浯∯琠牡敧㵴弢汢湡≫㰾偓乁匠奔䕌∽䈠䍁䝋佒乕㩄瀠湩≫㰾灳湡猠祴敬∽潦瑮猭穩㩥ㄱ瑰∻㸠猼牴湯㹧䕓㱏猯牴湯㹧⼼灳湡㰾猯慰㹮⼼㹁⼼摴ാ㰊摴眠摩桴∽㔴∰瘠污杩㵮戢瑯潴≭‾猼牣灩⁴慬杮慵敧∽慊慶捓楲瑰•牳㵣栢瑴㩰⼯整瑸摡渮瑥ㄺ〰㄰振楧戭湩洯湡条牥挮楧挿瑡来牯役摩〽椦ㄽ•档牡敳㵴猢楨瑦機獩㸢⼼䍓䥒呐ാ㰊潮捳楲瑰㰾⁡牨晥∽瑨灴⼺琯硥慴⹤敮⽴•慴杲瑥∽扟慬歮㸢戼㰾潦瑮挠汯牯∽〣〰䘰≆䄾㱄是湯㹴⼼㹢⼼㹡⼼潮捳楲瑰㰾琯㹤਍琼⁤污杩㵮楲桧⁴慶楬湧∽潢瑴浯•潮牗灡猠祴敬∽潦瑮猭穩㩥㈱硰㬢癯牥汦睯栺摩敤㭮嬾剐⁝愼栠敲㵦栢瑴㩰⼯捦⸲畳数⵲敳牡档樮⽰⽣⼴敫睹牯⽤猿慥捲㵨䔥┳㈸䄥╂㍅㠥┳䍂䔥┳㌸㠥┹㙅䄥╆㐹䔥┸䍂㠥☳㵸☰㵹∰琠牡敧㵴弢汢湡≫茾腊荛鑨諤㱲愯‾愼栠敲㵦栢瑴㩰⼯汦睯牥慦⹮潣⽭•慴杲瑥∽扟慬歮㸢풉⼼㹡脠㱀⁡牨晥∽瑨灴⼺是㉣献灵牥猭慥捲⹨灪振㐯欯祥潷摲㼯敳牡档┽㕅㠥┶㝂䔥┳ㄸ㠥┸㕅䄥╆䕂䔥┷䑁㤥∶琠牡敧㵴弢汢湡≫霾苢醦跎㳴愯‾愼栠敲㵦栢瑴㩰⼯捦⸲畳数⵲敳牡档樮⽰⽣⼴敫睹牯⽤猿慥捲㵨䔥┶㡂䄥┹㙅䈥┳㤸䔥┵䕁䈥♆㵸☰㵹∰琠牡敧㵴弢汢湡≫褾邷迲㱨愯㰾琯㹤਍琼⁤污杩㵮楲桧⁴慶楬湧∽潢瑴浯•潮牗灡猠祴敬∽潦瑮猭穩㩥㈱硰㬢癯牥汦睯栺摩敤㭮㰾⁡牨晥∽瑨灴⼺瘯摩潥昮㉣挮浯∯琠牡敧㵴弢汢湡≫錾覮㳦愯㰾⁡牨晥∽瑨灴⼺是㉣挮浯∯琠牡敧㵴弢汢湡≫阾鞳㲿愯㰾⁡牨晥∽瑨灴⼺爯湥慴獬牥敶⹲捦⸲潣⽭•慴杲瑥∽扟慬歮㸢貃鎃広讃咃宁澃宁⼼㹡㰠⁡牨晥∽瑨灴⼺猯潥昮㉣挮浯∯琠牡敧㵴弢汢湡≫匾佅⼼㹡⼼摴ാ㰊琯㹲琼㹲琼⁤潣卬慰㵮‴敨杩瑨ㄽ㰾琯㹤⼼牴ാ㰊琯扡敬ാഊ㰊浩⁧牳㵣栢瑴㩰⼯敭楤⹡捦⸲潣⽭潣湵整彲浩⹧桰㽰摩㔽∹ਾ㰍ⴡ‭湅䠭ⵐ⁆ⴭਾ