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アンコール遺跡・フエ阮朝史跡巡覧 2014年7月12~17日

堅太王陵

Lăng Kiến Thái Vương

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堅太王陵

堅太王陵は思陵のすぐ側にある。紹治帝の26子で同慶帝の父阮福洪侅Nguyễn Phúc Hồng Caiの陵墓。彼は堅郡公Kiến Quốc Côngに封じられたが,息子が帝位を嗣いだために淳毅堅太王Thuần Nghị Kiến Thái Vươngと呼ばれることになった。なお淳毅は尊号。堅太王の長子阮福膺豉Nguyễn Phúc Ưng Thịは即位して同慶帝に,次子の阮福膺登Nguyễn Phúc Ưng Đăngは即位して建福帝に,四子の阮福膺〓【壹歴】Nguyễn Phúc Ưng Lịchは即位して咸宜帝となった。自らは皇帝ではないが,皇帝の父ということで,阮朝の皇室の中では破格の扱いを受けている。

14:22。思陵の付近に拡がる松林の中に堅太王陵の入口であることを示す碑が立っていた。堅太王陵は天成局ともいう。碑には「天皇龍山」と書かれていた。門の柱,左側には「有興思【継述肇建】新規【礼縁情起】少? 太王【光霊其保】我萬代【子孫】之基」,右側には「此中見【軒?鐘成】秀局【地為人畱】多籍 皇天【眷命以錫】予一堂【兄弟】之祉」とあった。

顔や首がもげてしまった像。陶磁器のかけらは残っている。

門の上中央には「萬年」とある。

松林を北に向かうと堅太王陵が見えてきた。

堅太王陵の入口左右には,碑亭のようなものが一対建っている。

堅太王陵。中央からではなく,左右から階段を上っていく。皇帝ではないが,龍が据えられていた。

左右の碑亭のようなもの。考えられないことに,中に碑石が立っているというのに確認しなかった。暑さで参っていたのか…。再訪が必要だな…。

中心部。囲みの中は拝庭のように二段となっていた。

門の階段にも龍。

門の一番上の段には「宝城」,下の段には「天成局」とある。かなり崩れてはいるが,かなり装飾性が高い。

門の左右にある一対の獅子。

屏風と内部。丸い陶磁器が埋め込まれていた。

なんと美しい…。

外側の羅城の屏風内側と,内部の屏風外側。

これはさらに外を囲む羅城とその中心の屏風。

宝城を背後から撮ってみる。庇は無いし,石棺のようなものもない。非常にシンプルだ。

宝城への入口の内側も凝っている。

だいぶ焦らしたが,これが宝城正面。

暑いしもう出ようと思って振り返ってみると,このような美しい風景に目が留まってしまい,なかなか立ち去りがたい。

門から正面を見ると,屏風の内側に凝った装飾が施されているのが分かった。

崩れ落ちているが,なかなか精密な装飾。立ち去りがたい…。

堅太王陵はお奨めの陵墓の一つとなった。

14:41。思陵で待ってくれているニンさんの車へと戻る。作業員の駐輪場の先に駐まっているのがニンさんの車。

すぐ近くに何らかの建物が見えた。これまた不明。バテてしまって近づかず,ズームで済ませてしまった。

この田圃の向こうの木の先に慈宮陵Lăng Từ Cungがあるはずだが…。帰宅後写真を見て牛が写っているのに気がついた。今は水が入っていないということか? 慈宮陵はカイディン帝の皇后で,阮朝最後の皇帝保大帝の生母である慈宮皇太后Từ Cung Hoàng thái hậu黄氏菊Hoàng Thị Cúcの墓。「バオダイの母の墓だ」と言うとニンさんは俄に興奮を覚えたようだった。

陵墓のようなものがちらりと見えたのでズームを使って撮ったが,果たして…。体力が底をついているし,この田圃を越えていくのはかなり厳しい。どこにあるのかさえ分からない状態で闇雲に歩くのは危険なので,今回は探索を見送った。再訪が必要かな…。

ここらで水が切れたので,ニンさんに「水を買いたい」と言っておいた。どこかで店に立ち寄ってもらうようにする。

なおこの後は街中に戻る上,いずれも場所が車が通る道から離れていないので,これまでよりは容易に訪問できるはずだ。


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