長泰陵
さて,次の陵墓はザロン帝廟に向かうルート(東へ)を600mほど進み,右折してさらに700mほど南へ進んだところにある。
大きくS字にうねってカーブするところを過ぎると右折ポイントがあるはずで,右を注視していた。右へと続く道は現れたが,非常に狭くて車では行けない。この先700mもあり,もし道が違っていたら大変なことになるが,この道以外に候補となるべきものはない。
「多分ここかと思うんだけど…」と確信を持てないでいると,ユンさんは付近にいたおばさんになにやら聞き込みをしていた。ベトナム語は分からないが,ユンさんは何か手がかりを得たようだ。車を駐めて歩くことにした。おばさんは我々を不思議そうに見ていた。一般の外国人観光客が来るようなところではないし,あの橋ができたばかりで,まだ車で訪問する人が珍しいのかもしれない。
まもなく道はこんなに狭くなった。バイクは通行可能かも知れないが,ここは徒歩交通がメインだろう。
やがて田園地帯となった。少し離れたところに鍬を抱えたおじさんが珍しそうにこちらを見ていたので,ユンさんが声を上げてコンタクトを取った。我々が目星を付けている方向におじさんが指を向けたので,ユンさんは場所をある程度特定したのだと思う。おじさんに「xinh com on」とお礼を言ってみたところ,笑顔で頷いてくれた。たぶんこの辺りを外国人が歩くことなんて皆無だろうからよっぽど珍しいんだろうなぁ。
田圃を挟んだ丘の上に少し見えるのが長泰陵Lăng Trường Tháiの羅城だ。八代阮主阮福濶Nguyễn Phúc Khoátの陵墓。ここまで700mほど歩いた。ベトナム人は一般に歩かない。ちょっとした距離でもバイクに乗ってしまうのだ。だからこの行軍はユンさんにはこたえたと思う。
問題はあそこまでどうやって行くか。かなり難しそうだしユンさんに悪いので「ここまで歩いたのに申し訳ないが,大変なのでここで見るだけで良いよ」と言おうとしたそばから,ユンさんはあの丘へと歩みを進めた。
8:20。あぜ道を伝い,丘を登る。さきほどからユンさんにひっきりなしに着信が。こんなところまで電波が届くのも大したものだと思う。
しっかりと羅城が見えてきた。衛星写真を見て門があるだろうという方向に進む。
羅城に沿って門の前へと回る。獣道すらない。ユンさんは一切ひるまない。
ようやく門が現れた。草の丈はユンさんの腰まである。ハードな探訪となった。人がほとんど来ないのだろう。
まわりは田圃や林など。衛星写真だと平面に見えるが,とんでもない。陵墓探訪はかなり大変だ。
門の,かつては何らかの額があったと思しき箇所には,クオックグーによる「Lăng Trường Thái」と。これは残念だ…。右は門の先にある階段。草が生えているが,かろうじて埋まってはいない。ただし階段が終わった途端草・藪に埋まってしまっている。
こんな陵墓にもしっかりと表示がある。
門入ってすぐの屏風。分かりにくいが,おそらく麒麟が描かれていたのだろう。右側にはかつての彩色が残っている。
城壁内も草がびっしり。少し崩れている。
屏風の裏側には立派な龍が。思わずユンさんと同時にbeautifulと唸ってしまった。
宝城。
背後の屏風。
内側の囲みも少し崩れている。ほどよい崩れぶりがロマンを感じさせる。
丘を下り,来た歩いて道を戻る。先ほど道を訊いた農作業中の人がまだいた。ユンさんに何か話かけていた。「行けたのか?」とでも言っているのだろう。笑顔で頷いてみたら,頷き返してくれた。ユンさんの車まで戻る。
昨年ほどではないが,この日始まって以来汗をかいた探訪となった。