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フエの陵墓・王府探索 2016年2月18~23日

阮祥祠堂

Nhà thờ cổ tộc Nguyễn Tường

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阮祥祠堂

ホイアンは5年半ぶりの再訪となる。おもな観光地は共通チケットを買って見学することになるが,4つあるオールドハウスと呼ばれる華僑系の家,博物館,華僑の会館は,1つのチケットで1つずつしか見学できないため,例えば全てを見学しようとすると4枚のチケットが必要になるという,かなり理不尽な制度となっている。私は特に全てを見学することを目的とはしていないため,今回はチケットの要らないところを中心にホイアンの街巡りをしようと思う。

逆に言えば,ホイアンを訪れる観光客のほとんどはチケット制のスポットしか巡らないため,そこから外れるスポットは人があまりおらず,ゆっくり見学できるということでもある。

この道の先に,阮祥祠堂と呼ばれるオールドハウスがある。

この辺りは道が狭いうえ,チケット制のオールドハウスの一つフーンフンの家Nhà cổ Phùng Hưngや来遠橋Lai Viễn Kiềuがすぐ近くにあるため,たくさんの観光客が行き交っていて,軽く渋滞している。それらは既に5年半前に訪れている。この辺りにいる観光客の半分は日本のようだ。日本人の多く居るところは息苦しい。阮祥祠堂はチケット制から外れているうえ,通りからも外れているので人が少ない。避難するためにも行ってしまおう。

阮祥祠堂到着。やはり誰もいなかった。とはいえ,ここも世界遺産として登録されている。阮祥祠堂は,1806年に建てられ,1909年と2005年の2回修復の手が入っている。だいたい100年に一度という頻度。阮朝の兵部尚書Binh bộ Thượng thưであったNhuận Trạch hầu潤沢侯Nguyễn Tường Vân阮祥雲によって建てられた。ベトナム・日本・中国のスタイルの折衷である。


阮氏の家なのに「阮祥」堂なのは,家主のミドルネームが代々「祥」だからだ。

祠堂の中には,阮朝から下された勅書の複製が展示されている。これは初代の阮祥雲に関する詔書。嘉隆年間なので,阮朝初代皇帝ザロン帝の時代のものだ。


これは科挙に合格した阮祥永が翰林院(阮朝の秘書室)から下された人事令。明命年間というから,二代目皇帝のミンマン帝の時代のものだ。


この祠堂の中心。肖像画は初代の阮祥雲のものだろう。


清朝の銅銭,ベトナムの銅銭が展示されていた。家人が案内してくれたが,話がかみ合わなかった。絵を販売しているようで,いくつか奨められたが遠慮し退去した。

ホイアンは殊更日本風の建築様式がプッシュされるが,フランス風の建築物も多い。


観光客が行き交う通り。車・バイクは入ってこないので,ゆったりと安全に街歩きができる。


書店にて阮朝の印章に関する書籍を発見。これ,以前から欲しかったやつ。813,000ドン(4,000円)もするがどうしても欲しい。ドンもドルも足りないのでカードを使って購入。PINコードを入力する際,店員はちゃんと別の方向を向いてくれた。

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