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フエの陵墓・王府探索 2016年2月18~23日

寿春王之園寝

Thọ Xuân Vương

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寿春王之園寝

2/21。今日は21時頃にフエを発てば良いので,丸一日フエに滞在できる。ただし今日も今日とて自転車でたくさん巡る予定でいる。シミュレーションでは日没までガンガン走り回ることになっている。

朝食の開始時間6時に合わせて会場に行くと,やはり誰も居なかった。私が最初の客だった。こんなリゾートホテルに泊まってまでせかせかと動いているのは私だけか…。2月の6時はまだ暗い…。天気が良くないというのも暗さの原因の一つだろうけど。

ビュッフェ形式だが,やはり温かいものが食べたいと思ったので,フォーガーを注文して作ってもらった。もやし,レタスなどたくさん入れて食べる。まるで漫画に出て来そうなチーズがあった。クロワッサンは結構うまかった。

なぜかクメール風の像がある一戸建ての居室。名残惜しいなぁ…。今日のレンタサイクルで周りきれば,フエに来ることも当分は無いだろう。もし今後フエに来るのであれば,このホテルに数日泊まり,ゆったり滞在型の旅にしたい。

早速7時から行動開始できるようチェックアウトを済ませる。チェックインは昨日の14時頃だったから,ホテル滞在はたったの17時間か…。リゾートホテルに泊まっているというのに,本当にせわしないなぁ。

重い荷物を預かってもらい,19時頃に戻ってくると伝える。レンタサイクルにおまけで付いてくる昨日と今日の分の水,計2本を受け取った。ありがたいことにホテルの紙袋に入れてくれた。部屋から持ってきた水を合わせると3本。今日は一日中自転車を漕ぐことになる。天気予報では日中は晴れて,最高気温は25℃程度だという。水の量はこの3本で充分だろう。

昨日チェックインを担当してくれたスタッフが今日も面倒をみてくれた。担当が決まっているのかもしれないな。私は半袖を着ているが,彼女はアオザイ風の制服の上にカーディガンを着込み,それでも寒そうにしていた。30℃の中でも長袖を着て汗一つかかないベトナム人は,暑さに強い反面,少し気温が下がると厳しいのだろうな。

自転車は昨日と同様に,おじさんがホテルの外に用意してくれていた。女性スタッフがロビーからなにやらトランシーバーで話していたので,配車係に連絡を取って事前に準備しておいたものだろう。配車係のおじさんは昨日と同じ人だった。笑顔が素敵で良い人風。英語は話せないようだが,印象が良い。記名とサインをする。

女性スタッフからは「昨日と同じ自転車よ」と言われ,ふと昨日泥だらけにしてしまったことを思い出したが,綺麗になっていた。やはり洗車したのだろう。ありがたい。同じ自転車だとサドルの位置も同じだし,自転車の癖も同じなので慣れる必要がなく楽だ。

まずはホテルから市街地の方向に,直線距離にして数百mといったところへ向かう。航空写真で陵墓だと確認できたものだ。ただ,誰の墓なのか全く情報はない。

人家が並ぶ中,自転車を漕ぐ。観光客など来ないところなので,すれ違う人に驚かれてしまう。この先に陵墓があるだろうというところで行き止まりになった。完全に人家の前で,その家の熟年夫婦が何事だろうという視線を向けている。とりあえず笑顔で頷くと頷き返してくれた。…ちょっとコミュニケーションを取ってみるか。

iPhoneで「大きい墓」をベトナム語に変換し,それを見せると,「そんなもん(iPhone)を見せられたって俺わかんねぇよ?」と渋い顔をしていたおじさんの表情がぱっと変わり,驚いた顔で私を見る。ようやくこの闖入者(=私)の目的が分かり,合点がいったようだった。「こっち?」と言わんばかりに陵墓の方向を指さしてみると,「そうだ,そうだ」と言うジェスチャーを返してくれた。自転車を押していくと,林の先に確かに見えた。おじさんが付いてきてくれた。

自分の胸を指さし,「ニャッバーン」(日本人)と言ってみたら,通じたようで,何度も頷いてくれた。

おお,確かに陵墓らしきものがある!

陵墓の門は反対側にあり,背後からのアクセスとなった。背の低い城壁に囲まれており,割と小さい陵墓との印象を持った。

陵墓の手前に小さな墓のようなものがある。残念ながら漢字ではなかったが「tho xuan vuong」とあり,指さして「トースアンヴン」と発音してみると,おじさんも「tho xuan vuong」と言った。碑の下部には1992との数字が刻まれており,割と新しいものらしい。

vuongとは漢語「王」のベトナム語読みなので,阮朝の宗室の一人を祀っていることは確実だ。「tho xuan vuong」,漢字に復元するとどうなるだろう。どこかで見たことがあるような気がするんだが…。そういえば昨日福隆公之寝に付属していた4人の宗室の墓もこれと同様に丸くかたどられたものだったなぁ。

この小さな墓と,大きな陵墓とではそれぞれ祀られている人が違うのか? 大きな陵墓にはいったい誰が埋葬されているというのだろう。おじさんとともに大きい陵墓の門へと向かう。

てっきり門と城壁だけの質素な陵墓かと思っていたら,ちゃんと前庭もある立派な陵墓だった。ただ,前庭の囲いと門の上の部分は,割と新しい時代に補修されたものだと思う。門は取って付けたような印象で,まるで王府門のようだ。おそらく考証を踏まえたものではないだろう。陵墓と王府を混同しているように感じる。

門の先,屏風の前には碑が立っており,そこには漢字で「寿春王之園寝」と。tho xuan vuongじゃないか! なお先ほど見た小さな墓との関係は未だ分からない。

寿春王は阮朝二代目の明命帝の第3子,阮福綿定Nguyễn Phúc Miên Địnhの封号で,嘉妃Gia phi范氏雪Phạm Thị Tuyếtの子である。その子は144人もおり,子だくさんで知られる明命帝の142人のよりも多い。

屏風には残念ながら表・裏ともに装飾は残っていない。

外側の城壁,宝城に向かって左隅には,背の低い謎の柱が突き出ている。この城壁と城壁の間の空間にこういった構造物があるのは珍しい。右隅にはなく,左右非対称になっている。


内側の城壁。門の左右には縦に漢字が施されていた。


宝城と屏風。特筆すべきことはない。残念ながらやはり屏風には何も装飾は残っていない。なお,裏手に見える家屋が,熟年夫妻のご自宅だ。


外側の城壁の奥の屏風を見たが,やはり装飾は残っていない。というより,最初から無かったという可能性もある。

最後に背後から宝城を撮影。映り込んでいるのは,案内してくれた現地のおじさん。怒られるかと思ったが,そんなことはなく,見守ってくれていた。以前別の陵墓を探していたときも,迷惑がらずに現地の人が案内してくれた。まったく英語は通じないが,こういうのは愉しい。


一通り陵墓を見学し終えたので,おじさんと共に戻る。「満足したよ」と伝えるために笑顔で頷いたら,「良かったな」という風で笑ってくれた。通じたかどうかは分からないが,「カマォン(ありがとう)」と言ってお別れ。おばさんにも挨拶をして立ち去る。

トゥドゥック帝廟のすぐ南に位置する15つ並ぶ墓(Wikipapiaにはそのように書かれていた)の正体を調べるため通過しようとすると,めざとく「おい,駐輪場はこっちだ」と言うおじさんが居たので,「no tu duc」と言ってその脇を走り抜けた。このように頼んでもいないのに誘導するのは,駐輪代を取りたいからだ。まだまだ早朝だと思っていたが,商売に関しては抜け目がない。トゥドゥック帝廟付近はいつも観光客で賑わい,観光バスがたくさん駐車しているのだが,こうも朝早いとまだ誰もいない。

下の地図の中央にあるスクエアの囲いの中なのだが…。

Google mapsを見ながら周囲を注意深く眺める。昨年訪れた名称不明の陵墓まで来てしまった。少し戻ったところにあるのだろう。しかし林ばかりで何も見えないし,ガードレールをくぐっていかなければ探索ができない。周辺の民家の先にあるのだろうと思うが,よく分からない。偶然おばさんが出てきたので,「たくさんの墓」のベトナム語訳を見せたが,よく分からないという。執着してしまうと時間がかかる。あまり優先度の高くない物件なので,今回はパスすることにした。確実に場所が分かっているところを逃してしまうのはもったいない。

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