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播州の古刹巡り 2008年5月3日〜5日

一乗寺

いちじょうじ

兵庫県加西市坂本町821-17

姫路駅前から神姫バス「法華山一乗寺」で終点下車

マピオン

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一乗寺

いったん姫路駅に戻り、バスを乗り換え。

先ほどの円教寺行きは「バスターミナル東から発車」した。降車したこのバスターミナルから発車した。確かにこのバスターミナルは駅の東にある。そして次に訪問する一乗寺行きのバスは「バスターミナル中央から発車」だとという。しかし…。駅前にはこのバスターミナルしかない。他に中央と西があるはずなのだが…。乗り換えには15分しかないので、もし駅の裏側だったら大変だ。

とりあえず駅前のバスターミナル中央でバス会社の人に訊こう。

私「すみません、バスターミナル中央ってどこにあるんでしょうか?」

受付「そこです」

私「え…?」

受付の人が指差した「そこ」には、三列のラインが引かれていて、右から西、中央、東と書いてあった…。三本のライン全ての幅を合わせても5mにもならない。こんな幅で西、中央、東は大袈裟だって! 1番乗り場とかでいいんじゃねぇかな…。中央って言ったら割と大きい感じがするじゃない。そしたら三つとも違う建物だと思うじゃない…。

バスターミナル内はGWということもあってかなり混雑していた。ただ自分の乗る一乗寺行きには数名しか乗り込まなかったけど…。

またまた姫路城前を通過。10時半を過ぎたこともあって、先ほどとはうって変わって城の前は大混雑。

菓子博も開催中とあって大変だ。

こんな時期に姫路城を観るべきではない。

姫路城の外堀だろうか。泥の中で鯉がのそのそと泳いでいた。

終点一乗寺着。姫路駅からバスに乗ったが、一乗寺は加西市にある。しかも加古川市、姫路市との境界付近の山奥という辺鄙な場なのだ。後で述べるように、どの世俗的な領域にも属さないアジール(避難所)だったのかもしれない。

山寺らしく境内は何段階かに分けられている。少し上ったところに常行堂、その次が三重塔、その次に本堂、そして一番上に開山堂がある。

最初のステージ。常行堂。多層建築で私好み。何故か手前には茶堂(?)のような小屋が建っていた(左画像右下)。とってつけたような感じだ。

扉は閉ざされており、残念ながら中をうかがうことは出来なかったが、堂宇の名称からきっと阿弥陀如来が安置されているのだろう。円教寺にも常行堂があった。一乗寺も円教寺と同じ天台宗だ。念仏もやるのだ。

第二のステージ。三重塔。一乗寺の境内は段差が設けられているために三重塔の見え方が文字通り段階的に変わっていく。

参道をはさんで三重塔の向かいに立つのが輪蔵。なまこ壁と消火器系の赤いボックスが異様な雰囲気を出しているが、庇の唐破風が格好いい。感じからすると、外装のみを改築したのかもしれない。隙間からは覗くと、例の大士像が鎮座していた。威厳のある顔つきと3D眉毛。そして何より椅子の装飾と服の柄が豪奢であることが、この像の持つ貫禄に影響しているのかもしれない。

そして第三のステージ。懸造りの本堂。円教寺もそうだったが、ヨコに大きい本堂だ。懸造りという構造とヨコに広いというヴィジュアルは、観る者へ威圧感を与えるのに

本堂内部。古い密教形式。内陣に入るには、祈祷をしてもらう他ない。天井には観たこともない装飾が。

よく観ると落書きが凄いんだ。

内部には三つの厨子が。中央の厨子には前立ちとして観音菩薩があるので(右画像)、本尊は観音菩薩だろうが、それではその脇侍はなんだろう…。

厨子の両翼には、いました、あいつらが! 二十八部衆ですねぇ。配置の仕方が面白い。左右端には風神と雷神がいます。あまりに遠く、暗かったので、いちいちそれぞれを解説することはできませんが、こいつらがいたということが嬉しかったなぁ。天台宗の真骨頂だね。

本堂から振り返ってみた三重塔。下から見上げるのとはまた違った美しさがある。

どちらかといえば、こっちのほうが塔がプロポーションよく見える。

そして最も上のステージ、開山堂エリア。近づく人はいなかった。

祀られているのは法道仙人。上人ではなく、仙人。なんでも、インドから雲に乗ってやってきたというが、まぁ伝説だ。

この寺の開基は奈良時代にもさかのぼるというから、多分自然発生的に生まれた寺院だったのかもしれず、誰もその起源を知らないので、法道仙人というとってつけたような伝説が必要だったのだろう。

自然発生ということは、じわじわとここに人が集まったことを示している。法道仙人は後付けだが、結晶の核となるような、人の信仰を集めるような何かがあったことは間違いないだろう。そしてその結晶が一定の規模になったとき、いつの間にか寺院になっていたのかもしれない。そうすると、創始者は誰とは言えなくなる。

この場に寺院が出来たのは偶然によるものかもしれない。例えば、秋葉原が電気街となった理由が特に無いように。しかし、この一乗寺の所在地がいくつかの行政区の境であることが、一乗寺という宗教施設の成立に一定の影響を与えたことは確かかもしれない。世間で暮らせなくなった人、世間から外れた人たちが、逃げ場を求めて集まったところなのかもしれない。その意味でアジールだったのだろう。

開山堂のさらに上には賽の河原。

ちょっとひんやりしている。

さて、一乗寺はもう見尽くした。ただ、あと30分くらいはバスが来ないので、日陰でちょっと休憩しよう。

ずんずん境内を降りて、一番下のステージの休憩所に座る。

周りにはカエデやフジなどが。涼しげでいいね。

先ほど円教寺で無意識に買っておいた水を改めて観察。

なんと円教寺オリジナルの水だった。宮崎の「えびの」の地に円教寺開山の性空による、出水伝説があるのだという。それにちなんで円教寺で売られているようだ。

出水伝説は空海などにもある。水不足などは昔から人を悩ます問題だったため、偶然に水が出たことがいつの間にか伝説化し、格好良くするために聖人の名が据えられるのだろう。

やがてやってきたバスに乗り、姫路に戻った。

次は一気に新快速で神戸。

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