旧中国領事館
北野町をさらに上って。
次の目的地旧中国領事館の近くの洋館。 記憶がもう定かではないが、旧中国領事館の受付の人に訊いたら「入れない」的なことを言われたような、言われなかったような…。忘れちった…。 |
さて、旧中国領事館。入り口の両脇には亀が…。他の異人館とは異なる雰囲気。でも、これも立派な「異人」館だよな。 入ってすぐのところで、カメラを持ってうろうろしていた二人の女の子がいた。ちらちらとこっちを見ていたので、「撮りましょうか?」といくつかのやりとりをすっ飛ばしていきなり訊いてみたら嬉しそうに「お願いします!」とカメラを渡してきた。 正面の椅子に座った二人を撮影。 |
これは旧領事館の外にある庭のような場所。この丸い入り口が中国風ですな。壺には「大清光緒年」とあるが、この旧中国領事館、南京政府のものであって、実は清朝とは無関係なんだな。…なんで清朝のものがあるのよ。
まったくの想像だが、前の王朝の宝物を受け継ぐことで、政権としての正統性と正当性を主張したかったのではと。我々の政権こそ正統な継承国家なのだぞと。
中身はなんとコロニアル風の家具が。なんだかいい意味で裏切られました。良い感じ。なぜか満州人服(チーパオ)を着こんだ二人の肖像画。誰だ? 清朝時代にこの服を着られたのは、支配者層であった満州人のみだった。南京政府とは何も関係ないじゃないか。
ちなみに満州人というのは、軍事組織でもあり、社会単位でもある八旗に所属する旗人という人たちのことであって、人種ではなかった。事実、旗人には満州人の他、漢人、モンゴル人、そしてロシア人までいたのですよ!
で、チーパオは人が死んでからやっと庶民が着ることができた。だからキョンシーがチーパオを着ている。また、清朝が終わった後でようやく庶民が着ることができて、いつの間にかチーパオがチャイナ・ドレスと呼ばれるようになったのだ。チャイナドレスといえば、前開きではなく横で綴じ合わせ、そして腰まで入ったスリット。これは前から入ってくる風を防ぐため、そして馬に乗りやすくしたため。だから決してセクシーを狙ったわけではない。よって「チャイナ」・ドレスではなく、マンチュリア・ドレスなのだ。
これもいいね。何か落ち着く。 |
で、これも光啓三年の文書。光啓というとなんと唐の年号。なんでこんなのがあるのよ。 ちなみに他の行より一文字高くなっているのは、台頭といって、皇帝に関係する文字が現れるといちいち改行して行のアタマに持ってくるという尊敬表現。この文書では赤い文字で示されているのが皇帝、あるいは皇帝の発したもの・動作(勅、賜)、関係するもの(天、光啓)を表す字。 |
で、誰ですかあなたは。清朝皇帝にこんなヤツはいない。裾のほうに龍が描かれているが、指が四本なので、確かに皇帝ではない(五本指の龍は皇帝のみに許された)。 高級官僚かな。 |
特に気に入ったのは、この二部屋。バスルームとベッドルーム。便器が青磁なんですごいぞ…。ベッドも天蓋付きでお姫様仕様だし。いいなぁ。
チーパオがかけられていたり、テラスに向かった部屋にはタイプライタなどがあったり…。
雰囲気は抜群の異人館。是非行ってみて。