更新履歴

播州の古刹巡り 2008年5月3日〜5日

太山寺

たいさんじ

兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224

神戸市営地下鉄伊川谷駅から神姫バス、太山寺下車

マピオン

pre / top / next

太山寺

最終日。今日は神戸市郊外の寺を回る。三ノ宮駅のロッカーに荷物を置き、西神中央行きの地下鉄へ乗り込む。

どんどん閑散な地域に入っていくが、それでもまだ神戸市。

伊川谷駅でバスに乗り換え。数分の乗り換えと思っていたが、バスの時間を間違えてしまい、45分待ちになってしまった。周りは住宅地、特にこれといって時間を潰すようなところもないし、バス停のベンチに座って居なくてはならないが、風が強く肌寒い。駅にはベンチがなく落ち着けるところがなかった。

訪問先である太山寺まではバスで7分。たいした距離でもないのでタクシーに乗ってしまう。

というわけで太山寺着。

仁王門。地方寺によくあるスタイルだが、奈良風味の上、蛙股など装飾も施されており、洗練されている。

格子越しの仁王たち。左の黒目無し仁王が怖い…。

裏は物置になってしまっていたが、どこかの堂宇の組み物の一部が置かれていた。ひょっとすると塔の一部かもしれない。

太山寺は塔頭を持つ寺。左は龍泉院。非公開。茅葺きの本堂が見える。右は成就院。枯山水庭園を持ち、特定の期間のみ公開している。

左も太山寺の塔頭、安養院。こちらも枯山水庭園を持ち、ちょうどこの時期、公開期になっている。まだ拝観時間前なので門は閉ざされている。本院の太山寺を拝観してからこちらへ戻ってくる予定。

太山寺は、かつて41の塔頭を抱える巨刹だったが、現在では4つの塔頭が残るのみ。これまで紹介した3つの塔頭の他、歓喜院がある。太山寺境内まで、右画像のようにずっと白壁が続いているが、かつてはここに塔頭が街を形成するかのように建ち並んでいたのだろう。

受付から見た本堂。でかいなぁ。最近はこのクラスのものを見ていなかったかも。

とりあえず本堂は後回しにし、右手にそびえる三重塔から見ていく。

案内板には「ずんぐりしている」とあるが、私はこのくらいのプロポーションが好きだ。

先に向かってあまり急に細くなっていくのもスタイルが悪い。

凄かったのは、外観よりその内部。

見よ、この荘厳された空間を! 中央に金剛界大日如来。忍者式の印がかっこよすぎる。ニンニン。四隅には四天王を配置。

像も凄いが、見るべきはこの空間の高い装飾性。大日如来背後の板には、左に月(白の円)、右に日(赤の円)。下部には白蓮が咲いている。

柱や梁などの装飾も凄い。天女が舞っているのが確認できる。天井もかっこいい。

東寺の五重塔初層にも匹敵する装飾だ。柱は大部分が褪色、剥離しているが、かすかに龍が描かれているのが分かる。

勇ましい四天王のみなさん。名前は知らないが、右奥の表情がかっこいい。

大日如来の台座の下には、ひっそりと獅子が控えていた。

獅子は釈迦如来、ひいてはブッダの象徴である。

ちなみに手前にあるのは「白鶴まる」。「まる」はサンスクリットで「マンダラ」といい、円のほかに完全を意味するが…。まぁ偶然だろう…。

さて、散々焦らしたところで本堂へ。余計なものなど無い、という感じの清潔な外陣。すがすがしい。

おびただしい数のミニミニ仏像。具体的になんなのかは分からず。

本尊の薬師如来像。ただ、本尊としては小さいので、ひょっとすると背後には厨子があって、内部には非公開の本尊があるのかもしれない。

本尊の左右に構えるのはこれまた四天王。塔のやつらと比べるとほとんど色が落ちてしまっている。

境内の奥には藤の花に囲まれた羅漢堂が。紅い唐破風がかっこいい。

内部も豪華。絵天井に装飾性の高い梁。

おや? と思ったのが、羅漢堂が凸型をしているということ。つまり、他の寺でいう、廟の形になっているのだ。正面の扉を開けたところには何があるのだろう?

ふつう、この形といえば、だいたい開山堂なのだが…。

一番奥の左右に四天王(立像になっているやつら)、手前が「四大弟子」らしい。…四大弟子って何だ? カーシャパ、アーナンダ、シャーリプトラ、スブーティあたりかな…。「二大弟子」であれば、カーシャパとアーナンダで決まりなんだけど、四大となると分からない。ひょっとするとカーティヤーヤナ、マウドガリヤーヤナが入るのか?

堂内の壁面には羅漢像。十六羅漢らしい。

さて、羅漢堂の先に何があるのか探索してみよう。奥には別の堂宇が建っていた。まるで神社のよう。羅漢堂を拝殿とするなら、奥の堂は本殿だ。

龍の彫刻などが彫ってあった。

奥の堂にはなんと三尊像が!

画像左の脇侍がゾウに乗っているので、普賢菩薩だと分かる。反対側にもかろうじて何らかの像があるのが確認できる。間違いなく文殊だろう。となれば、中央の御大は釈迦如来ということになる。

羅漢たちを従え、その奥に鎮座まします釈迦如来。この配置は初めて見た。面白い。

後で知ったが、この堂宇は釈迦堂らしい。まぁそのまんまだが、羅漢堂とセットになっているという、その特別な意味をふまえて何か別の名前で呼んだほうがいいのではないだろうか。

左は護摩堂。しっかり扉が閉ざされていて内部を伺うことはできないが、不動明王、大黒天、毘沙門天といった荒々しいインドの神々が安置されているとか。さすが護摩堂だ。

アヤメがキレイに咲いていた。五月って紫の花が多い気がする。

阿弥陀堂。元々は常行堂と呼ばれていたらしいが、阿弥陀信仰の人気の高まりとともに、より阿弥陀色の強い名前に変化したらしい。阿弥陀堂を常行堂と呼んでいたあたり、天台宗らしい。

阿弥陀堂と呼ばれようが、やはり常行堂だ。阿弥陀如来の周りをぐるぐるとまわれるよう、内部は整然としている。

親指と人差し指の間の水かきに注目。

この荷物は何だろう? 掃除をしていたおばさんに訊いてみると、練り供養の準備をしているとか。毎年5/12にやるとのことで、ちょうど来週になっている。この荷物が、まさに二十五菩薩の装束なのだという。

この寺で練り供養が行われているとは知らなかった。

安養院の拝観時間までまだまだあるので、奥の院まで行ってみる。奥に見える赤い橋を渡ると、コンクリート造りの奥の院が見えてくる。うっそうとした林とごつごつした岩。

本尊は地蔵菩薩でいいのかな? 背後に岩が置かれていることから、本来の信仰の対象は岩だったのかもしれない。太山寺ができてからは奥の院ということになり、「ご神体」が岩から地蔵菩薩へと変化していったのかもしれない。

…コンクリート「ブロック」造りだった…。

安養院の拝観までまだまだ時間があった。雨が降っているので、本堂へと戻り、しばらく休憩。

pre / top / next


SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO