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武州北部の諸寺 2008年1月26日

競進社模範蚕室

きょうしんしゃもはんさんしつ

埼玉県児玉郡児玉町児玉2514

児玉駅下車 徒歩3分

マピオン

真東寺

しんとうじ

埼玉県児玉郡美里町大字木部546

松久駅下車 徒歩10分

マピオン

 

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競進社模範蚕室

看板の観光イラストマップで次の訪問先への道を確認していたとき、「競進社模範蚕室」という文字を見つけてしまい、まずはそこへ立ち寄ることになった。

内部は公開されていない。屋根の上に突き出ている櫓のようなものは、おそらく煙出しだろう。

「競進社模範蚕室」という名から、明治期の産業振興の遺構であることが分かる。残念ながら内部は公開されていなかった。

真東寺

さて、次はいよいよまんじまるさんが「発掘」した真東寺へ(「まんじまる流」内真東寺の記事)。

このやぐら(?)の上に立つのは空海。空海の向く方向に本堂がある。やぐらの中に入り、本堂方向へ立つと、般若心経が流れるというしかけがしてある。やぐらの天井にセンサーがあった。

ここ真東寺には四国八十八カ所の移し霊場があるのだが、まんじまるさんがオススメした理由というのは、そのどれもが手作りであり、しかも、それぞれ街頭する寺のゆかりを意識して製作されている点で興味深いということだった。

先ほどのやぐらの近くに、なにやら建設中の堂宇(?)が。ペンキが飛び散っていたりと手作り感たっぷりだ。三重塔、あるいは五重塔かもしれない。

ここが移し霊場のスタート、すなわち霊山寺。本尊釈迦如来の脇侍である普賢菩薩、勢至菩薩の位置にはリラックマが…。彼らは「権現」ということだろうか…。

画像のように、寺の裏山にたくさんの移し霊場が設定されている。八十八カ所もあるため、特に気になるものを紹介していく。

「このお地蔵さまに供養の水を手向けますと十万億土の久遠の彼方から喜びの声が鳴龍の如く聞える人のみに聞えて来ます ※備えつけの柄杓で水を掛けてから聴音筒を排気口に当てお聞き下さい」

なかなかつっこみどころの多い内容だが、要するに、龍の口から出ている水を柄杓で汲み、地蔵像にかけると水琴窟が鳴る、ということらしい。

「排気口」とあるのは、龍の下で口を開いているもの、「聴音筒」というのは、手前の筒のこと。「排気口」ってそのまんまじゃないか…。

ただ、よく見れば「聴音筒」というかっこいい名称がついてはいるが、結局は掃除機の筒だったと…。龍の口から水が伝うのは、その筒を半分に裂いたものだったりと…。手作り感たっぷり。最近こんな寺は観てなかったなぁ。

移し霊場内のゲートをくぐるとにわかに読経が聞こえてきた。センサーが仕込まれていた。なかなか仕掛けが多い寺だ。

10番切幡寺の移し霊場。同寺の機織り縁起に因んでいる。

気合いを入れて作った移し霊場がある中、こんな「手抜き」な霊場もある。寺じゃなくて祠だし…。ただし「蓋」は開くことができ、内部にちゃんと本尊に見立てた「石」が安置されている。

勝手な推測だが、これは他の手の込んだ霊場と同様にいずれはちゃんとしたものを作るまでの間の「仮の姿」なのではないかとみている。

コンクリートブロックを積み上げて作った宝塔。15番国分寺の移し霊場だ。ただ、この格子、実は木材で、丁寧に作っていることが分かる。

17番井戸寺。中の落雁や花は作りものだった。

20番鶴林寺。「祠」は相変わらずだが、狛犬のように鶴を配置している。これらの鶴は、同寺開基の縁起にまつわるつがいの鶴だろう。

番外まで設定するという徹底ぶり。

31番竹林寺。同寺の総檜造りの五重塔に代表させている。同寺の本尊は文殊菩薩であり、手前の旗もそれに対応したものとなっている。

38番金剛福寺。足摺岬の突端にあるという同寺に、徒歩で来てしまった。

ここでふと気づいてしまう。境内の階段のふちに埋めた「杭」のようなものが、実はビール瓶を逆さにして埋めたものだということを…。

途中、鳥小屋などもあってなかなか錯綜している。

100円を入れると三分間内部の本尊にライトが照らされ、のぞき穴から見えるという趣向。古い旅館にある有料テレビのコイン装置を流用して作っている。

ちなみに敷き詰められているのは五円玉。ご縁が(以下略)…

45番岩屋寺。その名のとおり、岩屋に埋め込まれている。

熱が籠もって曲がってしまったろうそく。落雁や花は造りものだが、これは本物だったようだ。

被差別的な扱いを受けた埋葬者のための供養塔が、移し霊場のど真ん中にあった。卍の形をしているのが凄い。

この鐘はきっと宗教を超えていると思う。クリスマス用の飾りにしか見えない。

73番出釈迦寺。何故か天狗の面が三つ。出釈迦寺との縁起は不明だが、山岳信仰の属性を持つ寺なので、ひょっとしたらそういうことなのかもしれない。

まんじまるさんも今回初めて気が付いたというランプ。およそ仏教寺院とは思えない、なかなか一般家庭的なそのフォルムがいい味を出している。

80番台の霊場。ここまで来ると手抜きになってしまっているようだった。

88番大窪寺。これでおしまい。始まりの霊山寺と比べるとちょっと寂しい感じ。

ここもなかなか手作り感の出ている…何だろう、これは。とりあえず観音堂ということにしておこう。

内部には聖観音像。背後に敷き詰められているのは五円玉。ご縁が(以下略)

最近はこの手の寺院を巡っていなかったので、新鮮だった。霊場巡りというのは、基本的に仏教に由来するものではなく、民間信仰そのものだ。ある程度の俗っぽさ、人間臭さがあるは当たり前なのである。

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