先ほどの階段を登りきって振り返ると、橋。あれ? これどこかで見たような気がするが…。そう、ここは映画「隠し剣 鬼の爪」のロケ地。足軽が西洋式の軍隊に編成されて集団戦術を訓練していた場面で使用されていた。
そこでは、さむらいと足軽が対比されていた。江戸幕府成立以後、そのアイデンティティであるはずの暴力を封じめられ力を殺がれ、飼いならされてただの役人となったさむらいという自己矛盾を孕んだ存在が、その生まれや個性よりも、号令によって一様に動くことを重要視され、管理される身体となっていく過程を、すなわち近代社会の成立過程をこの場所で描き出していた。当然近代社会では、さむらいよりも足軽のほうが使いやすい。実際、明治以降は農民出身の平民のほうが、軍隊では文句も言わずよく動いていたとか。農作業のほうが辛く、軍隊の訓練はずっと楽だったようだ。
さむらいたちは、西洋式の走り方(近代前後では、日本人の歩き方・走り方が異なっていた!)を強要されていた。つまり、より速く走れる方法を身につけさせられた。それは弾に当たらないようにするためだった。近代は、人に速度を求めるのである。つまり人が時間を内面化し、よく時間を守ることも求められた。その要請に戸惑うさむらいを、「鬼の爪」では描いていた。ストーリーとはあまり関係のなさそうな、そういった部分をよく描いた映画だった。ただ、主人公はさむらいをやめることで、初めて庶民と結婚することができた。しかも元主人として、「命令」するという形で承諾を得たに過ぎない。それは、お上の命令を受け入れて友を斬る自身の姿の再現だった。限界付きの個人の誕生である。近代社会の萌芽時期にあっても、主人公は前近代の制度を乗り越えることはできなかった。まだまだ個人の力は弱かったのである。
さて、先ほどの橋を渡りきると、天秤櫓と呼ばれる櫓が。左右対象となっているので、この名がある。ここも馬屋と同様、特別公開。内部は有事の際に、兵がこもる場となっていた。
ここも「鬼の爪」で使われていた場。小間使いがここで主人の退勤を待っていた。
天守前は広場になっていた。何か他に建っていたような遺構らしきものが見える。
琵琶湖が望める。
さて、天主内には、三角や四角の穴が開いており、有事には、ここから銃、弓などで攻撃する。
彦根城天守は、現存天守。木造の多階建築として残っている貴重なものだ。まずは初層。
先ほどののぞき窓のように、矢と鉄砲で外を狙う窓。ただ、この表示がおかしいよね。ただの読みをローマ字にする意味がわからない。意味をつづらないと。振り仮名するならカナでいいわけだし。
初層から二層への階段(左)と、二層から三層への階段(右)。非常に急で狭く登りづらい。藩主がここに来るようなことは全く想定していないのがわかる。
最上層からは、琵琶湖がきれいに望める。すぐ先に見えるのは多景島だろう。
天守から急な階段を下り、石垣の下へ。堀を渡る途中、急ににわか雨が降ってきた。非常に細かい雨が急にたくさん降ってきたので、堀に雨粒が「さあっ」と涼やかな音を立てて当たっていた。また、水煙のようにあたりを包んだので、一時幻想的な風景となった。カメラを取り出しているうちに消えてしまい、完璧にチャンスを逃してしまった…。雨が降り出したために、一度仕舞ったのが良くなかった…。
カメが右画像のような姿勢で静止していたので面白かった。
玄宮園に入りかけたところ、「城内放送」が。「本日のひこにゃんは博物館にて登場します」と言っていた。ひこにゃんの着ぐるみが、スケジュールに則って城内に出現するらしい。しかし、天候が不安なので、博物館での登場となるようだ。玄宮園に入ったとしたところ、職員が「ひこにゃんは宜しいですか?」と声をかけてきた。「いやぁ、もうそんな歳じゃないんですけど」と苦笑い。「中の人は大変そうですね」と訊いてみたところ、「そうなんですよ〜」と言っていた。「中の人などいない」と返して欲しかった…。
玄宮園のすぐ近くに建っている楽々園。その名の通り、ここに住んだら楽しそうだ。奥には茶室と思しきものが。ぜいたくだ。
玄宮園のベストショットがこれ。彦根城が入ってくる。ひとつの借景か。
ここから船を出して浮かべたのか?
別の角度から。玄宮園にはひとつ島がある。
茶室。台風の風よけか、板が貼り付けられていたのが美観を損ねていて、残念。
実際にお茶がいただける鳳翔館。吹き抜けになっていて、風通しが良さそうだが、だいぶ気温が上がってきて、蒸し暑い。景色はいいんだけど、誰もいないし、暑くてお茶もあまり欲しくないな。
もう一つの茶室? これは何でしょう? 茅葺と瓦屋根が接合しているのが凄い。茶室というのは本当に奇抜だ。
さて、玄宮園も一周したので、もう彦根城を出よう。チケット売り場では、ひこにゃんのスケジュールが。かなりのタイトスケジュール。売れっ子ですから。
後で気づいたが、「西の丸三重櫓」も特別公開していた。名前からして重層の建築だ。見逃してしまったのは凄く惜しい。
再び最初の馬屋付近まで戻ってきた。城を一周してきたことになる。彦根城の出口あたりの櫓。最初の防衛拠点だからか、矢や銃で攻撃するための窓が開いていた。三角・四角で可愛い。デザイナーズマンションっぽい。
さっさと駅へ。
途中でみつけた、石材店のひこにゃん! 彦根市民に受けいられているのは、こうして彦根の地元産業を応援しているからだろうか。駅前のパチンコ屋にでさえひこにゃんが居たからね。
かなり小さな寺でいきなり本堂。そして戸を開けるとすぐに寝りスタイルの弘法大師。さらに奥にも弘法大師像があるので、違和感がある。寝ている自分を見ている空海。旅の途中での野宿を再現したものか?
この寺には、他に七福神の石像と、八十八か所のお砂ふみがあった。
さて、駅に戻り、天寧寺行きのバスを待とう。最初に天寧寺に行こうと思ったのは2000年だから、7年越しの願いがかなうことになる。
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