仁和寺から龍安寺へ移動。ちょうどいい具合にバスが来た。

龍安寺は二度目。初回は高校の修学旅行だったから10年以上も前のことになる。やたらと外国人の姿を見た覚えがある。そのときはヨーロッパ系やアジア系の観光客が多く、玄人好みの寺なのだなと感じていた。その中にスカーフで顔を覆ったムスリム風の女性が居たのが不思議だった。果たして彼女は本当にムスリムだったのだろうか?

境内に入った途端、今回も多くの外国人に出会った。フランス語で会話していた一団もあり、やはりヨーロッパ系が多い。

 
鏡容池をぐるっと周り、龍安寺の庫裡に行きついた。典型的な臨済宗の庫裡。緑のカエデが奇麗だ。まだまだ紅葉は先のようだ。

まだ15:00を過ぎた頃なのに暗い。先ほどから雲行きが怪しく、遠雷が微かに聞こえている。雨が降りそうだ。

受付を済ませて中へ侵入。


庫裡の中にはやはりスカンダが祀られていた。禅刹では庫裡に祀られていることが多い。庫裡は調理場を備える堂宇のことであり(すなわち住職の住まいや寺務所)、調理の神としてのスカンダが祀られる。画像のように「いただきます」のポーズで剣を横に持つのが多いが、中国では地面に剣を突き立てるのが多いそうで、日本の寺院でも中国風の禅宗である黄檗宗ではそのようなポーズを取るスカンダがある(萬福寺など)。


庫裡には天井がない。ずっと先まで続いているように見える。


石庭の模型。視覚障害者向けのものだ。考えてみれば、庭園も仏像も視覚のみに頼らなくては感覚できないものだ。それを触覚でも感覚できるように工夫している。

ただし『般若心経』が「視覚などの五感にだまされてはいけない(脳にだまされるな)」と主張するように、仏教では最終的には全ての感覚を超越しなくてはならないと説く。そのとき「健常者」と「障害者」の差異はなくなり、真の意味でのバリアフリーが実現するのかもしれない。


方丈。仁和寺のそれと比べると簡素で、禅刹の質実剛健な性格がみてとれる。

 
右画像の外国人はみなフランス語を使っていた。石庭をじっと観ている。やはりフランス人は哲学好きなのだろうか?

この石庭に意味は無いのだろう。渾沌に意味を見いだすこと(価値を与えること)はそれ自体無意味で、禅においての理想とは最もかけ離れた行為となる。意味が無いものに無理に意味付けする必要はない。それは暴力だ。無意味には意味が無いという意味がある。せっかくの渾沌なのだから、そのままにしておいてあげよう。これはただの石庭だ。謎など最初から無い。


こちらの苔むした庭のほうもなかなか良い。廻廊の先は仏殿となっているが、侵入不可。この龍安寺で仏像らしい仏像を観ることはできない。


庫裡を出て、鏡容池の西側をぐるりと廻るのが順路となっている。苔むした庭がいい。龍安寺は夏場に来るといいかもしれない。


ひっそりと隠れるようにして建つパゴタ。これもれっきとした仏塔だが、龍安寺のレポートには決まって無視されてしまう。


帰りは杉の並ぶ庭を通って。先ほどから遠雷が鳴り続けている。

さて、そろそろ清涼寺へと移動しよう。嵯峨野だから少し遠くなる。ここからだとバス一本で行けない。京福で嵐山まで行き、そこからバス、もしくは徒歩でアプローチするか。いずれにしてもロスが多くなりそう。

とりあえず仁和寺までバスで戻り、そこから京福に乗ろう。

 
京福御室駅はなかなか味のある駅舎だった。駅員は居なかった。反対側ホームからは仁和寺の山門が見える。

現在15:50を過ぎたころ。嵐山方面行きは間もなく来るが、そういえば清涼寺は拝観できるのだろうか。あらためてガイドブックを取り出し確認すると「16:00まで(季節によって異なる)」とあり、焦る。注意書きの「季節によって異なる」を頼りに、清涼寺に電話で確認を取ると、今日は17:00まで開堂しているそうで、安心した。特別拝観を行っているので延長してくれているのだろう。清涼寺到着は16:30近くになるだろうか。少し駆け足の拝観となりそうだ。

電車は間もなくやってきた。京福は今回初めて乗車する。途中帷子ノ辻で乗り換え。この駅が映画「パッチギ」で撮影されていたのを思い出す。映画は昭和40年代後半の話だった。確かにレトロな雰囲気のある駅だった。


終着嵐山駅の駅ビルはなかなか雰囲気のある造りになっていた。外には無料の足湯もある。


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