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京都'08秋の特別公開その1 2008年11月2日

真如院

しんにょいん

京都市下京区猪熊通五条上る柿本町677

京都市営バス五条堀川バス停下車

マピオン

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真如院

次に訪問するのは真如院。日蓮宗の寺院で、五条堀川に位置する。大徳寺からはバスを一度乗り換えてやってきた。

もうちょっと歩けば西本願寺というロケーション。

おそらく大原杉だと思われる木が塀の中に。おそらくこの中は庫裡前庭園だろう。右が真如院の入り口。おとなしい山門。大寺というわけではない。

庫裡前にはちょっとした砂庭と苔が。こうした坪庭もなかなかいい。

清潔な感じがして、禅宗寺院のようにも思える。ちなみに真如院は日蓮宗。

庫裡内部も臨済宗のそれに似ている。

同じ日蓮系の妙蓮寺もこんな雰囲気だったなぁ。

方丈内部。この左手側に真如院イチオシの庭がある。それが今回、特別公開となっている。

29日から3日のたった6日間の特別公開。

これが真如院が誇る庭園。

手前の細長い手水鉢がいい雰囲気を醸し出している。

枯山水庭園だが、他と異なるのは、水を表すために使用している石が、薄く平たい形をしている点。それらを魚の鱗のように重ねている。鱗状ということは、向きが発生するということ。水は流れを持っている。この庭園は、鱗の並んだ方向によって、水の流れている方向を示している。

枯山水庭園は、水という動きのあるものを、動きのない石によって置き換えているので、時間を切り取った空間と言うことができるが、真如院の庭園は枯山水庭園に動き、すなわち時間の流れを含ませることに成功している、といえよう。

真如院は、足利義昭が入洛する際に織田信長が接待所として使用した。この庭園も義昭のために造らせたのだという。

五条通、堀川通という大きな通りに面している割には不思議と閑静だ。

ちなみに塀の向こうは普通のマンション。

庭園以外に注目すべきものは特に無かったが、これだけでは寂しいので少し真如院について語ろう。

今回の特別公開を以て初めて真如院という寺の存在を知った。

真如院は、本圀寺という日蓮宗寺院の一塔頭。本圀寺は「六条門流」と呼ばれ権勢を誇った寺院だったが、昭和時代に山科に移った。その16の塔頭は今も堀川にあり、真如院のその一つというわけ。

本圀寺は東の身延山に対して西の総本山と位置づけられているほどの大寺で、かつては西本願寺に隣接し、松原通に至る広大な寺域があったという。京都における、日像の妙顕寺(その勢力を「四条門流」と呼ぶ)建立に始まる日蓮宗系仏教各宗派のことを洛中法華21ヶ寺といい、本圀寺はその一つでもある。

本圀寺は隆盛を誇ったが、天文法華の乱と呼ばれる延暦寺の焼き討ちに遭い、今では18ヶ寺が残る。その18ヶ寺中には本能寺も含まれ、私が既に訪問している寺としては、立本寺、本法寺、妙蓮寺(以上08年3月16日)、妙満寺(07年12月29日)がある。

堀川通には日蓮系の寺院が多く立っているが、秀吉の政策によるものだという。

真如院を後にし、地下鉄五条駅を目指して五条通を東進していた際に見つけたお店(のシャッター)。

おそらく仏具店なのだと思うが、このエジプト壁画のようなイラストがいい感じ。

五条駅から京都市役所前駅まで移動。もう11時を過ぎたところなので、「田毎」で昼食を摂ることにした。

駅から寺町通りに入ると本能寺はすぐ。本能寺では特別展示会をやっているようだった。蛙なのかなんなのか分からない置物がおもしろい。眉毛があるしね。あるいは亀か? 背中はふたになっていて、おそらく香炉として使用されるものだろう。ふたをしめると煙は口から吐き出されるのだろうか。

同じく寺町通りの古書店二軒。随分年期がはいっている。中学の修学旅行では、寺町通りから入って、新京極で解散して一時自由行動となった。私は先ほどまで開いていた本能寺まで急いで引き返したが、わずかな間に閉門してしまっていたという苦い思い出がある。左の古書店も見覚えがあり、本能寺を後にしてこの店に立ち入ったのを覚えている。ただ、店内の本には中学生の小遣いでは到底無理な値段がついていた。

右の古書店も味わいがある。二階の高欄が特徴的。店内では、店主がハタキを持ってうろうろしていた。雰囲気としては中野にある○○堂という古書店のようだった。奥には全世界が崩壊したかのような仏頂面の主人がいて…。

こちらは鳩居堂。銀座にもあるが、立ち寄ってみた。

かわいい和文具が目白押し。

ぽち袋のコーナーでの女性二人組の会話。

「かわいいね〜」「でもさ、子どもって結局中身だけなんだよね…」

さて、矢田地蔵の先の交差点を東に入ると、目指す田毎がある。以前にもこのサイトの旅行記に登場しているが、またまた登場。もちろん注文したのは右のたぬきそば。京都で「たぬき」というと、あんかけなのだ。

11:30頃に入店となったが、ぎりぎり残っていたテーブルに案内された。後に入ってきた客は待ちになってしまった。その後あれよあれよと人が並びだした。

会計を済ませようとレジに行ったらどこかで見たようなイラストが。

なんとみうらじゅん、安斎肇、山田五郎というスペシャルな色紙だった!

すげぇ…。なんて贅沢な色紙なんだ。みうらと安斎はイラストレーターだからよく見かけるのは当然として、山田五郎のイラストは初めてみた。サインもGorotとフランス語風にしていた格好良い。

実はここ田毎は、みうらじゅんがある本ですすめていた店。みうらはここのたぬきうどんが好きらしい。おそらく安斎と山田はみうらじゅんに付き合わされてたぬきうどんを食べさせられたんだろうなぁと思う。

次は建仁寺なので、まずは鴨川方面へ向かう。

その途中、三条大橋の西詰で「本家舟はしや」を見つけた。ここはせんべいや。「福だるま」という商品が可愛いのでお奨めの京都みやげ。

しゃべる九官鳥が飼われていた筈だが、今日は見かけなかった。

ちなみに隣り(写真の撮影位置から右手)にはスターバックスがあり、外国人旅行客が店外テーブルでのんきにコーヒーを飲んでいたりする。

さて、三条大橋を渡って建仁寺まで移動。

ところで、京阪電車でかつて四条と呼ばれていた駅は、現在祇園四条となっていてびっくり。他に丸太町は神宮丸太町に、五条は清水五条となっていた。帰ってきて調べたところによると、これらは中之島線開通とともに10/19に改名されたのだという。

推測でしかないが、改名の理由として、丸太町、四条、五条という駅名は東西に伸びる通りの名を由来としており、これだけではx軸の位置が定まらない。それに市営地下鉄にも同じ名前の駅名があって、京阪電車とは路線が離れているのにも拘わらず駅名が同じだとすぐに乗り換えができると誤解されてしまう恐れもあったのだろう。

そこで京阪が採ったのは、y軸(南北に伸びる通りの名)を付け足すのではなく、最寄りの観光資源の名を付けることだった。神宮丸太町の神宮は平安神宮、祇園四条はそのまんま祇園、清水五条は清水寺だ。こうすれば通りの名前に精通していない観光客もピンとくるはず、ということのなのだろう。

ただ神宮丸太町駅から平安神宮までは徒歩で10分、清水五条駅から清水寺までは15分はかかるので、最寄りの観光資源といっても少し無理がある…。

南下して建仁寺へ。左は新橋通。京都っぽい街並み。右は大和大路通に立つセブンイレブン。景観に合わせるかのようなデザインだ。

白川南通。ここも風情がある。画像右は白川だ。

画像左に行列ができているのは、鳥新というお店。昼間だけ限定の親子丼が人気なのだ。

大和大路通に立つ「京都祇園郵便局」。

景観に合っていないように見えるが、ひょっとしたら祇園で八坂神社にちなんだ赤なのかもしれない。

四条通に出た。手前の仰々しい建物は南座。そして四条大橋をはさんで対岸に見える薄茶色の建物は東華菜館。中華料理屋だが、外見からは全く想像がつかない。

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