近江京師巡礼 2007年8月11〜14日

曼殊院から少し歩いて円光寺へ。

円光寺


ここ円光寺は臨済宗。元は伏見にあったが、相国寺内に移ったあと、ここ一乗寺に落ち着いた。


展示館には木版活字。黄色の部分はいわゆるスペース。日本に残る最古の活字だという。円光寺はいわゆる学校だった。足利学校九代目の校長が開山。1601年、徳川家康の意思によるもので、その九代目校長は、駿府の円光寺という同名の寺の開山でもある。

1601年の時点では、家康は豊臣氏に替って伏見城に居り、幕府を開くための準備をしていた。つまり家康は、元の根拠地に建つ寺の「支店」、すなわちコピーを新体制下に必要とした。そしてそれが単なる寺院ではなく、教育の拠点としての機能、さらに印刷局としての側面を持っていたことは特徴的である。

新しい国を始めるにあたっては、旧体制の情報を整理することが急務となる。文化事業という名の下に、書籍を刊行するのだが、その目的は公式と非公式とを峻別し、非公式なものをこの世から抹殺することにある。

例えば、どの時代のシナの王朝でも、開業する際にはかならず前の王朝の正史を編纂する。その名からわかるように、正史は正邪の観点から編纂される。本当にあったかどうかではなく、編纂するものにとって正しいか正しくないかなのである。だから正史編纂後、正史に書かれていること以外のことを書いたり語ったりすることは赦されなくなる。

過去から一つの史実を掘り起こして書きとめるということは、選ばれなかったたくさんの史実を隠蔽し、抹殺し、存在しなかったものとして無視することだ。「歴史を語る」ということ自体、既にして捏造なのである。政治と教育、メディアはこうして密接にリンクしている。


寿老人図。寿老人の背後には鹿、足元には亀、童子の背後に太った鶴がいる。渡辺始興の筆だが、始興といえば大覚寺のウサギを描いた人だ。


さて、いよいよ境内に入りますか。


十牛の庭。モチーフはおそらく十牛図だろう。このあたりは禅宗らしい。


手水鉢と水琴窟。二人が同時に聞くことができるようになっている。相撲で優勝した時の杯のような手水鉢。涼しげだ。


平屋の本堂。


禅堂。祀られているのは文殊菩薩か?


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