師走の洛北・洛西 2007年12月29〜31日

蓮華寺前の上橋バス停からは次の目的地実相院に直接行けるようなバスに乗れないため、三宅八幡宮最寄の八幡前バス停まで歩いた。タイミングは抜群で到着後すぐにバスが来た。

実相院


実相院は門跡寺院。天台宗の流れを受け継ぐ。


つっかい棒が仕込まれた玄関。ゆがんでいるのだろうか。

ここの客殿の床は黒光りしているため、庭園のカエデが映りこんで「床みどり」「床もみじ」と呼ばれている。それを実相院側も一番に押しているのだが、今の季節はそんな光景も見られず、私の気を一番惹いたのは入ってすぐの間の襖絵だった。


この奇妙な絵はどうだろうか。この間の襖絵は「群仙図」といい、狩野永敬の筆によるという。襖に12面、障壁画に2面描かれている。画題としては中国で吉祥とされる「八仙」。まともな人間は一切描かれていない。どこか並はずれたような、ややもすると気が触れたようなモチーフとなっている。

上の画像は、西面であり、右でガマガエルと遊んでいるのが鉄拐というらしい。実は鉄拐が手からぶら下げているのは銅銭をひもでまとめたものであり、金に釣られる人を嘲っているかのように見える。かなりブラックな題材なわけだ。そんな意地悪をする鉄拐は、こちらに背を向けてしまっており、どんな顔でこんなことをしているのかをうかがうことはできない。

【訂正】まんじまるさんより、ガマガエルと遊んでいるのが「蝦蟇」という名前の仙人だとのご指摘を頂きました。(08/1/27)

左の、口から小人を吐き出している仙人については、説明がなかった。

【訂正】同様にまんじまるさんより、この仙人が鉄拐で、吐き出しているのは自分の分身というとのご指摘を頂きました。(08/1/27)

誰も訪れないこの間の襖絵に、私はすっかり釘付けになりメモを取り始めた。


こちらも西面で、先ほどの鉄拐の絵の右に描かれている。波立つ海上に、剣を浮かべて乗っている手前の人物が呂洞賓、杖に乗っている奥の人物が鐘離権。これら波乗り仙人は、何やら問答をしていそうだ。剣や杖という危ういものの上に乗っているとは思えないほどに落ち着いている。

仙人は霞を食べて生きるという。つまり何も食べなくても生きていけるということ。熱力学的に言うと、エントロピーを永遠に一定に保てるという、いわば永久機関ということになる。質量のない存在なのだ。質量もないから、水面に浮かべた剣や杖に乗っていられるのだ。つまり彼らは生きてはいない。「永遠に死んでいる」のだ。死は経験不可能であるため、それを経験するのに要する時間は無である。無が無限大にまでふくらんでいるのが、仙人という生のあり方なのである。

要するにこんな存在はない、ということだ。


こちらは南面。竹でできたクリップのようなもの(拍板というらしい)をつまんでいる右の人物は藍采和、白いロバに乗り、瓢箪をぶら下げているのが張果老。

 
こちらは北面。右の老人は寿老人。左は童子二人と鶴、白と茶の鹿のつがい。白は角が生えているため、こちらがオスのようだ。

非常に不思議な絵だが、今後ほかの寺でこのようなモチーフを見たときは確実に読み解けるだろう。もっと調べるといろんな意味が見いだせるかもしれない。


こちらは同じ間に置いてあった衝立に描かれたトラの親子。見つめあっているのが印象深い。これも共視だ。

この頭が痺れてくるような間にずっと居たところ、寺務員とはちょっと違った風の女性が入って声をかけてきた。「研究者の方ですか?」

メモを取っていたので、そう見えたのだろう。「全く一般の、ただの拝観客ですが…日本の美術が好きなだけです」と正直に答えておいた。

今後、この絵についての美術史的な研究、調査を進めていくのだそうだ。「もし何か分かったらメールでも連絡くださいね」などと言って去って行った。美術史的研究ももちろん結構だけど、この襖絵がなぜ描かれたのか、何を語っているのか、どうしてここにあるのかという、精神史的な研究も忘れないでほしい。


実相院内には、とにかく展示物が多い。座禅する髑髏など、グロテスクな、あるいは風刺のようなものもあり、印象深い。これは百如比丘という人の筆らしい。タイトルは『髑髏之読哥口首』。要するに髑髏が歌を詠んでいるということらしい。


こちらは「近江に最近現れる」という獣の絵。大津の字が隠されている。手長猿のようなものか。


これが客殿西側の池泉回遊式庭園。池の手前のマンリョウの赤、まだ僅かに葉を残すカエデの朱が緑に映える。奥に見えるのは書院だろうか。

 
手水場。必ず撮ってしまうね。しっとりと落ち着いた庭園だった。

 
こちらは客殿東側の枯山水庭園。右側に見える門は、来るときにくぐった山門だ。通常、実相院の枯山水庭園の写真というと、左のほうのアングルで撮影される。右のアングルだと民家が写りこんでしまうからだ。

なお、晴れていれば比叡山が先に見えるとか。つまり比叡山を借景としているのだった。

西と東にそれぞれ性格の違う庭園があるというのは、何か意味があるのだろうか。西の池泉回遊式庭園は西方極楽浄土、東の枯山水庭園は東方瑠璃光浄土ということか?


客殿内部に不動明王が祀られていた。門跡寺院のため、普通の間に本尊がある。画像右に不動明王があるのだが、そちらより障壁画が素晴らしかった。

門跡寺院らしく、玉座があった。すべての襖に絵が描かれている。全てを丹念に見ようとするとかなりの時間がかかるだろう。


その中で特に気になったのがこちら。おそらくトラの腕だと思うのだが、襖が通路になってしまうため、閉めておくことができず、中途半端に見切れている状態になっている。


石碑だろうか、寒山・拾得が刻まれている。土間のようなところに横たわっていた。

そこには寒山と拾得の読んだ歌が紹介されていた。彼らの歌を見るのは初めてだ。それぞれの歌には原文があり、訓読と訳文があるが、あまり気に入らないので自分なりに読んでみる。

寒山の歌として、

貪る人の好んで財を聚めるは 恰も梟の子を愛するが如し
(貪欲な人が財産を集めるのは、まるでフクロウが子供を愛するかのようだ)

子は大なりて母を食む 財が多ければ還って己を客とす
(しかしその子供は長じて母親を食べてしまうもので、同様に財産を多く持ってしまうとかえって自己を疎外してしまう)

之を散ずれば即ち福が生じ 之を聚めれば即ち禍が起こる
(このように、他者に与えて散財すれば福徳があり、財産を蓄えると災いが起こるものだ)

財が無ければ亦た禍も無し 青雲の裡に翼を鼓すべし
(財産が無ければ禍もないのだ。雲の下で羽ばたくように自由になれるだろう)

拾得の歌として、

人は浮世の中に生まれ 箇箇が富貴を願う
(人は常ならぬ世に生まれて、それぞれが富むことを願っている)

高堂と車馬の夢みて 一呼すれば百諾に至る
(豪華な家と立派な車を夢み、ひとたび声をかけると百の返事があるような立場を求める)

侘の田宅を呑併し 後嗣に承けしめんと準擬す
(さらに他人の農地や家屋を奪い求めてまで継承させようとする)

未だ七十年を逾えずして 氷は消え瓦解して去る
(しかし人は70年も生きられないのだ。それは氷が消えて溶けてしまうように虚しいものではないか)

共通して言えることは、どちらも富を蓄えることを否定していることだ。面白いのは、寒山が「散財はかえって福徳である」ということだ。自分を豊かにしようとするなら、まず富を流通させなければならないということである。

王様がいて、彼がぜいたくをしようとするなら、まず国民全体が豊かにならなければならないということである。北朝鮮の統治者の持っているぜいたく品はすべて北朝鮮製ではなく、日本製なのである。

財は流通してこそ意味をもつもので、滞留させてしまっては意味がない。そのモノ自体には価値がなく、その機能(=コト)にだけ価値がある。サッカーでいうボールのようなもので、ボール自体には意味がなく、それがパスでつながったりする「コト」自体にしか意味がないのだ。


こちらはトイレだという。やんごとなき人がここで用を足していたようだ。

さて、実相院はこれまでとする。実相院の周囲には病院が四軒もあるが、実はこれらすべてはこのあたりにある大雲寺という寺院の宿坊に起源をもつ。

1000年近く前の話として、後三条天皇の皇女である佳子内親王が「脳病」を患ったところ、岩倉大雲寺の観音菩薩に祈祷させて、大雲寺に湧く水を飲用させたところその「脳病」がおさまったという。この脳病が今日言われる精神疾患と同一なのかわからないが、このエピソード以後、岩倉といえば精神疾患を治癒する霊験と信じられるようになり、患者が集まるようになったという。

昔から精神疾患はあった。近代を迎えるまで差別意識などもなかったという。精神病者の囲い込みはフーコーの説くように、近代から始まるものだ。

さて、30分に一度しかバスがないため、次を逃したくない。急いでバス停へ。次は妙満寺に行きたいが、バス停からその方面へのバスは発車しないため、途中岩倉駅前で下車し、ひとつ先の木野駅まで乗ることにする。

岩倉駅前バス停から岩倉駅までは少々距離がある。途中焼きたてを売るおいしそうなパン屋があったので、昼食として買っていこう。まだ二寺しか見ていないのにすでに正午近くなっている。さすがに市街と同じようには事は進まない。だからこそ今までこのあたりを訪問してこなかったのだ。仕方がない。


さて、パンをかじりながら駅へ向かうと、なかなかナイスな感じの商店が。「岩倉駅前商店」というそのまんまの店名が面白い。

叡山鉄道鞍馬線鞍馬行きはすぐにやってきた。ものの2分で木野駅到着。


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