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越南漫遊記 2010年5月24~30日

文廟

văn miếu
66 nguyễn thái học
7:30-17:30(4/15-10-15),
8:00-17:00(10/16-4/14)
5,000VND

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文廟

5/26。三日目。

今日はハノイを離れる日。昨日ロアンさんが告げた待ち合わせ時間は10:30とちょっと遅い。初日は人形劇だけ、二日目はハノイ郊外のバッチャンと、3時間もかけてハロン湾まで行った。これだけでハノイを発つのは惜しい。前述の通りベトナムの朝は早く、6:00から開いている観光スポットも珍しくなく、7:30ともなればほとんど開いている。ということで、約束の時間までにハノイを散策してみることにした。自由行動時間は欲しい。

ハノイで何を観るか。もしもの時のためにと、旅行出発前からめぼしいところをリストアップしておいた。ホテルの場所は分かっていたから、こういうことができた。朝食が開始されるのは6:30だから、7:00くらいにはホテルを出ることができる。ハノイの混雑を考えるとホテルに10:00という予定が安心だろう。それでも3時間もあるから、結構観られるはずだ。『地球の歩き方』の地図を見て、ルートを確認。これぐらいが限界だろうという範囲でプランを昨夜の時点で組み立てておいた。

昨日ロアンさんに相談したところ、ホテルにタクシーを依頼すれば安心とのこと。
「英語が話せるなら大丈夫ですよ」
と言っていたが、昨日までの体験があるので、もはや信用できない。いざとなれば『地球の歩き方』のベトナム語表記の部分を指さして、それっぽく発音すればそれで大丈夫かなと。

一番遠くのところまで一気にタクシーで行ってしまい、帰りはホテルに向かって各観光スポットを回って、歩いて帰ってくるという手はず。
「もし歩き疲れてタクシーに乗るのならば、ホテルのカードキーの住所部分を指させばOK」
とロアンさんから教えてもらっている。

ということで昨日と同じく早起きしてご飯。

今日は昨日奥さんが試してみて美味しかったというフォーを。ベトナム人コックが目の前で作ってくれる。「フォー・ガー」と言ってみたら通じたので嬉しかった。フォー・ガーは鶏肉入りのフォーのこと。つまりガーは鶏を意味する。ベトナム語は日本語と違い、後ろから修飾するのだ。ちなみに牛肉はボーで、このコックに「フォー・ボー」と言えば、牛肉入りのフォーを作ってくれる。

ちなみに味だが、絶品!! いいダシ出てる。味がやさしくてねー。こんなのを毎朝食べてるんだから、そりゃスリムになるよなぁという感じがした。ライムを搾って入れてみても美味しかった。ずっとこのスープを飲み続けていたい…。他は昨日と同じようなものを取って食べた。

さて、このままハノイの街に繰り出すが、昨夜勉強して、1ドル=18,000ドンであることを知った。今日見学する場所の拝観料は10,000ドンだったり、2,000ドンだったりと、1ドル札では支払うのに大きすぎるので、ホテルのフロントで日本円2,000円をドンに替えておいた。400,000ドンくらいかな。フロントで"i wanna exchange money to vietnam dong"と伝えたら、カウンターの奥に設置されたモニターを見ながらドンを出してくれた。USドルやユーロなど、主要通貨のレートがリアルタイムで表示されているようだ。

ドンは、どの額の札にもホーチミンが描かれている。高額紙幣はポリマー製で簡単には破れないようになっている。また、透明の部分などがあり、偽造を防止している。

20,000ドン紙幣。100円くらいの価値しかないが、ベトナムではわりと高額紙幣。上には50,000ドン、10,0000ドン札などもあるが、1ドルを上回る価値のドン札は、支払いの時「お釣りねぇよ!」と受け取ってくれない、もしくはお釣りをごまかされそうで使えないので、フロントには"smaller, please"とお願いし、最高額紙幣を20,000ドン札とし、400,000ドンを揃えてもらった。

流石にホテルのフロントでは英語が通じる。それにわりと綺麗な発音で聞き取りやすい。いっぽうボーイレベルだと、話せることは話せるが、発音がベトナム語なまりで聞き取りにくい。まぁこっちもきっと日本語なまりの英語なのだろうから、人のことは言えないんだろうけど。英語が通じるだけでも恩の字と思わなければならないだろう。

フロントにお願いしてタクシーを呼んでもらった。ボーイがどこに行きたいのか訊いてきたので、ガイドブックのベトナム語表記を指さしながら、「ヴァン・ミェウ」とそれっぽく発音してみたら頷いてくれた。すぐにタクシーがやってきて、ボーイがベトナム語で行き先を伝えてくれた。

ベトナムのタクシー初乗り料金は10,000ドン。メーターには10.0と表示されており、その横に「x1000」とある。念のため、ドライバーにも「ヴァン・ミェウ」と言うと、「分かってるよ、大丈夫だ」と言わんばかりに頷いてくれた。ちなみに上の写真を撮った理由としては、ベトナムのタクシーとは如何に? という興味と、有事の際に備えてドライバー証明書を抑えておきたかったため。ちょっと心配しすぎな感じもするが。

今日も今日とてハノイはバイクでいっぱい。すぐに囲まれてしまった。ちなみにこのドライバーもクラクションを鳴らしまくる。

念には念をと、地図を見ながらタクシーのルートを伺っていた。なんだか遠回りされたような気がするが、68,000ドンで目的地に着いた。ロアンさんは「4ドルくらいで行ける」と言っていたので大丈夫かな。6,8000ドンだと350円くらいか。後で気づいたことだが、ハノイの街は一方通行が多いので、わざと遠回りしたわけではなかったようだった。ごめんな、疑っちゃって。

ドライバーはラジオを止め、運転しながらわさわさとCDを探しはじめた。おいおい、前向いて運転しろよ、と思っていたら、明らかに日本の曲と思われる曲が流れ出した。そうか、気遣ってるんだなと思い、"japanese song"と言ってやったら"yeah!"と上機嫌だった。なお、この時聴いた曲だが、誰のものなのかさっぱり分からなかった。古くもなく新しくもなく…。そもそも邦楽には疎いのでよく分からないんだが。

さて「ヴァン・ミェウ」とは「文廟」のベトナム読み。孔子を祀った廟のことだ。 miếuは歴史上の実在した人物の霊を祀った建物。

さっそく、と思って中に入っていったら、後ろから呼び止められた。言葉は分からないが、男は「あそこでチケット買え」と言っているようだった。チケット売り場はまだ開かないので、仕方なく待った。門番が来ているのに売り場が開いてないってどういうことだ?

待つ間白いアオザイを着た人がわらわらと集まり、門の中に入っていった。ベトナムと言えば確かにアオザイなのだが、普段着ではない。何かイベントがあるのだろうか。みんなかなり若い。スリーブが透け透けになっていたりする人もいて、個性があるようだ。

さて、7:40をまわってようやく開いた受付で料金一人あたり10,000ドン(50円)と、英語のパンフレット一部代金3,000ドン(15円)を支払って入る。ちなみにガイドブックには7:30オープンと書いてある。やっぱり時間にはルーズなようだ。

門の両サイドには龍と虎。龍虎ってことなんだろうか。

一つ目の門をくぐったところ。アオザイを着た人がわらわらいた。なんか急いでいる風でもある。奥で何をやるんだろう。ちなみにこの人たちは料金を支払っていない。

中庭のような芝生ゾーンには、左右に動物をかたどった生け垣が。説明は無いが、十二支が揃っているようだ。十二支という概念を持つのは日本と同じだが、ウシがスイギュウ、ウサギがネコ、ヒツジがヤギ、イノシシがブタに替わっている。上の二体はスイギュウとおそらくヤギ。

これがウサギの替わりのネコか。

二つ目の門。英語のパンフレットにはgreat middle gateとある。中門ということだろうか。なお、パンフレットに付されている文廟の図面は、典型的な格子廟の堂宇配置と相似している。ハノイは中国と距離的に近いため、それだけに文化的にも近いものがあるのだろう。この文廟は1070年、李朝の時代に造営されたものだ。

李朝といえばはじめてシナ王朝から独立した時代で、ダイ・ヴィエトĐại Việt(大越)と自称したこと、首都をこれまでのホアルーHoa Lư(華閭)からタンロン(昇竜、今のハノイ)へ変えたことに「民族」意識の高まりが感じられる。シナ王朝の影響を大きく受けた地域が独立意識を強く持つと何をするか。白村江の戦い後の日本がそうだったように、徹底してシナ文化を取り入れ、「本家」と遜色なくする。

「対抗するならば別の文化を自前で作るのではないか」と思う人もいるかもしれないが、違う。勝負するならば同じ土俵に乗らなければ意味がない。相手に勝つには、まず同じ試合を始めなければならないのだ。シナ文明は自前で文化を創った。それ意味で「偉大」な文明と言える。最初に「ルール」や「スタンダード」を創ってしまったものの勝ちなのだ。先行しているというそれだけで、後続の地域に勝る。このシステムは、ユダヤ教のイェホヴァがそれを崇拝するユダヤ人に対する絶対的な優越性を持っているのと同じ論理で成り立っている。ユダヤ人は創造神であるイェホヴァに対する絶対的「遅れ」をその信仰の根拠としているのだ。

というわけでハノイのこの文廟は、ベトナムのシナへの対抗意識からシナのそれを完璧にコピーしていると言えるだろう。

中門の上には二つの魚が載っているが、これらはコイである。なぜコイが載っているかは後で分かる。

三つ目の門。これは「奎文門」と言って、10万ドン札の後ろにも描かれている。典型的な孔子廟でいう「至文閣」に当たる建物だ。なお「奎」は学問・文芸を意味する字。

その奥には池があり、それを囲むように石碑が並ぶ。パンフレットには82 doctor stelae & well of heavenly clarityとある。doctor stelaeは、科挙合格者(進士)のことを指しているのだと思う。stelaeが難しいが、石碑を意味する言葉。英語ではなさそう。つまり、ここには合格者名簿である石碑が並んでおり、全部で82個あるというわけだ。後半のheavenly clarityは「天明」の直訳だろうか。

その中に亀が碑石を背負っているものがあるが、これは科挙の合格者の名簿らしい。ベトナムでもシナ王朝に倣って科挙を実施していたのだ。たぶん亀ではなく、龍が産んだ九頭の神獣の一つである贔屓かと思う。寺や史跡などで碑石を背負っている亀のようなものを見たら、この贔屓と思って間違いない。

ちなみに左の門はパンフレットにはgate of the great synthesisとある。典型的な孔子廟では「大成門」に相当するものだろう。

その先の祭壇のあるお堂では、先ほど見た白いアオザイルックの若者たちが、マイクを持った女性の話を聴いていた。前が女性で、後ろにはシャツ姿の男性。そしてカメラマンがその様子をぱしゃぱしゃと撮っていた。この時は「なんだろ?」と思いつつスルーしていたが、おそらく高校の卒業式なんじゃないかと思う。

ロアンさんからは、ベトナムでは学年が9月始まりであることと、夏休みが3ヶ月あることを聞いていた。ということは5月の末であるこの時期はちょうど卒業式のシーズンなわけだ。そういえば、この時期ハノイのほうぼうでよく見られる赤い花のカエンジュは、「日本の桜のように、卒業式・入学式を象徴する花です」とロアンさんが言っていた。

祭殿の上には双龍が乗っていた。

中門ではコイが向き合って載っていたが、ここでそれらが龍となった。つまり先ほどの中門は、コイが龍に変わる登龍門だったのだ。コイは瀧を登って龍になるという。

彼らは落ち着かない感じできょろきょろと我々の様子を伺っていた。この辺りが初々しくてほほえましい。でも、女生徒はばっちりと化粧をキメていて気合いが入っている。「入るな」とも言われないし、普通に中の売店は営業を開始していたので、かまわず中に入ってみた。

帰国後、中央に白字で書かれているベトナム語を読んでみたら、「学校を出て行く礼」とあり、やっぱり卒業式であることが分かった。

憮然とした表情の売り子が出店準備をしている売店では、いくつかみやげものを買った。

 

まずは清朝が発行した銅銭のセット。順治、康煕、雍正、乾隆、嘉慶と清朝の年号が刻印されている。それぞれ、トゥアン・チ、カン・ヒ、ウン・チン、カン・ロン、ザ・カインと、ベトナム語での「音読み」が書かれている。

この銅銭セットは孔子廟とはもちろん、ベトナムとも直接的には関係ないおみやげだが、興味深いので購入した。というのも、ベトナムでも当時これらが流通していたのだろうと思うが、その一方でベトナムでも皇帝がいたわけで、なぜ独自の銅銭を鋳造しなかったのだろうか、という疑問と、ひょっとしたら鋳造したがやっぱり「清朝銭」のほうが強くて(=信用・価値があると人々が判断したから)流通せず、もっぱら「清朝銭」が取引に使われていたのだろうか、という推測とが思い浮かんだからだ。これが、ちょうど現在のベトナムの、ドルが使えたりドルに対するドンの価値が下がりつつあったりという状況と重なって面白いと思う。

そして切手セットを二つ。

一つは「ホーチミンセット」。ホーチミンがデザインされた切手がメイン。右画像の切手には「ホーチミン生誕95周年記念」とある。1985年の発行だが、額面の2VNDは安すぎる。だが他に考えられない。昨日ハロン湾の帰りに店で買った切手は5,000VND程度のものだった。25年の間に2500倍ものインフレが起きたということだろうか?

もう一つは「ベトナムの動植物」セット。シンプルなデザインで統一感があるので気に入った。一枚30シュウXU(樞)。シュウはドンの補助単位で、100シュウで1ドン。もちろん現在では小さすぎるために使用されない。上のホーチミン切手の2VNDでも当時としてはわりといい額面だったのかもしれない。

ちなみにこれらの切手は全て使用済み。

で、これら3つ合わせて150,000ドン。日本円で750円。ここの拝観料が50円なのだから、これでもベトナムでは結構な値段なのかもしれない。ベトナムの物価が日本の1/5~1/7なのだから、少なくとも3,500円の売り上げとなる。愛想の悪そうだった売り子がとびきりの笑顔を振りまいた。ちなみにここの売店のお姉ちゃんもあまり英語は得意ではないらしく、電卓で数字を叩いて示してきた。

その奥の殿宇は修復中のようで、おっちゃんが一人で瓦を重ねていた。フラッシュをAUTOにしていたら光らせてしまった。その時おっちゃんがこっちを向いてきたので、とっさに視線をそらしてしまった。

左の門はパンフレットにはthái học gateとある。「太学門」ということだろうか。両サイドに石像がある。官僚だろうか。

その奥には寝殿とおぼしき殿宇が。パンフレットには何も記載がない。

今になってなぜ中を覗かなかったのか悔やまれる…。内部には孔子像が祀られているらしい。

そしてこれがその奥の国子監という、ベトナム最初の大学の跡。そうか、だからここで卒業式をやったりするのだろうか?

ちなみに国子監とは国立大学という意味である。

寝殿と国子監は回廊で連絡している。中央には鼎が設置されていた。

寝殿の中央に祀られているのは、英語パンフレットによるとchu van anという人物。パンフレットの生年、没年から、おそらく周文安か。とにかく高潔な学者だったらしい。

重層建築だなぁと思っていたら、中は二階建て。これは面白い。

二階には三人の像が祀られていた。それぞれが誰だかは分からず。儒教って未だに分からない。

英語のパンフレットによれば、
king le thanh tong(黎太宗王)、
king ly thanh tong(李太宗王)、
king ly nhan tong(李仁宗王)
とある。これらが、王朝の姓と廟号を合わせたものとすれば、
後黎朝の2代目、太宗黎元龍、
李朝の2代目、太宗李仏瑪、
李朝の4代目、仁宗李幹徳
ということになる。彼らがなぜここに祀られているかは分からないが、おそらく何か縁があってのことなのだろう。

国子監のテラスから寝殿との接合部分を見た図。

ちなみに二階では、係員のおっさんが椅子に座ってガンガンにラジオをかけて、ぼーっとしていた。こんな「仕事」でいくらぐらいもらえてるんだろうか。

さて、時刻8:20を回ろうかというところ。まだまだ見るべきところがあるので早々に引き上げよう。

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