西大寺駅へ戻り、再び近鉄奈良へ。さらにバスでJR奈良駅。仏閣風味の旧駅舎は保存されるらしい。現在駅舎は工事中で、プレハブのような感じ。近鉄奈良と比べると、やっぱり見劣りがする。利用者も少なく、やっぱり地方の小駅というレベル。長閑で良い。

さて、JR奈良駅から法隆寺駅へ。JRの列車もしょぼくれ感抜群。こ汚さ爆発。近鉄と比べちゃダメか。ただ、外国人旅行者も、地元の人たちも、それなりにいる。

法隆寺駅は閑散とした駅。無人に毛の生えた程度。これも奈良の魅力。駅前の場末風の喫茶店でレンタサイクルを借りて、貰ったマップを頼りに法隆寺方面へ出発。自分の他にも一人、若い男性旅行者が借りていた。

法隆寺、法輪寺、法起寺の「三法寺」(勝手に造ったことば)を拝観しようと思うが、一番遠い法起寺から順に観ていこうと思う。法起寺までは2km弱。漕いでいる間は涼しいが、停まった瞬間厳しい暑さが…。ぎらぎらとした太陽が照りつけてくる。

幾分迷いながら道の立て札を頼りに進む。途中いくつものため池を通り過ぎる。歩いて斑鳩を巡っている強者の夫婦などもいた。

法起寺付近はかなりのど田舎。野菜や果物の直売所やらを過ぎるとようやく法起寺。


法起寺は畑に囲まれて建っている。西に面する門が境内入り口。そのそばには産み立てたまごの自販機がある。その手前に自転車を留め、境内へ。


法起寺三重塔。欄干がラーメン鉢に描かれる模様のようで、エキゾチック。最古の三重塔だとか。三層目が屋根と比べて やけに小さく、頭でっかちな印象。ちょっとバランスが悪く見えてしまう。


三重塔の内部は、とくに仏像が安置されているわけではない。興味を惹いたのは、奥に見えたはしご。ひょっとすると二層、三層には床があるのでは?と淡い期待を抱いたが、受付の人に訊いてみれば「単に塔の保全の為だけ」だという。床は無いそうだ。


収蔵庫には無造作に仏像が置かれていた。奥の棚上はびんずる尊者、下の青白いのは弘法大師だそうだ。手前の壇の下段左から穣虞梨童女、釈迦如来、アクショービヤ。そして上段左から阿弥陀如来、愛染明王、不動明王、達磨大師。

達磨大師のひょうきんな顔も見逃せないが、不動明王が前傾姿勢なのは注目される。不動明王は平安時代の作、他は全て江戸時代の作。一番の長老なのだが、頭がでかく、まるでマンガのようだ。


そしてやっぱり気になるのはこの穣虞梨童女(ジャングリだろうか)なる像だろう。聞いたこともない仏だ。こっちを向いている顔は忿怒。一見十一面観音のようだが、どういう来歴の仏かとネットで調べようともなかなか出てこない。

たまたま会社近くの古書店で、佐和隆研著『仏像案内』(吉川弘文館)を見つけて300円で購入、調べたところ、襄虞梨童女(または襄虞利毒女)という名で出ていた。本書に拠れば、観音菩薩の北のかた香酔山に住み、毒を除く。密教像としては、多くは二臂で蛇を纏い、慈顔と忿怒様があり、多面多臂像もあるがきわめて作品に乏しい、という。

要するに、解毒の作用を持つ仏、ということになろう。毒の象徴である蛇を身に纏うということは、毒をコントロール下に置いているということの暗示か。

いずれの経典に出てくる仏なのか不明だが、観音菩薩と関係がありそうだが、『仏像案内』の説明は、つまりは姿かたちが一定していないことを物語る。それぞれ想起されたところによって造像されたのではないだろうか。ここ法起寺の穣虞梨童女については、一番上に乗っている仏頭は阿弥陀如来のそれであるし、観音菩薩からの極めて強い影響を受けての造像であろうことは容易に推測できる。

十一面観音像といわれてしまえば、全く疑いなく観てしまう、不思議な仏像だ。


こちらは十一面観音像。木像の収蔵庫に安置されていた。

 
境内には、他に講堂(左写真)、聖天堂(右写真)があったが、閉じられており、内部の様子もうかがえなかった。特に聖天堂は特徴的な外観を持っているので興味がある。果たして内部にはガネーシャ像が安置されているのだろうか。

なかなか暑くなってきたので、庫裡前の休憩所で少し休む。


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