現在地キンナラ、時刻は15:10。今日の残りの予定としては元興寺、興福寺、東大寺南大門、東大寺戒壇院、東大寺二月堂、東大寺大仏殿。やっぱりちょっと厳しいかな…。元興寺はならまち散策とセットで訪問しようとしていたので、ならまち散策ごと今回はパスし、他を優先させることにする。

さらに諸物件の拝観終了時間を確認。興福寺は16:30、東大寺大仏殿は17:30。戒壇院や二月堂はよく分からないが、大仏殿と同じ時間だとするなら、興福寺をやっつけてから東大寺の諸物件、というルートが良いだろう。

というわけでキンナラから徒歩で興福寺へアプローチ。もう足は疲労しまくっていてこれだけの距離もキビしい。東向通りアーケード内では「奈良 子鹿」の店を少し覗いてみた。みかさ焼きと呼ばれるどら焼きのような和菓子には、かわいい鹿の焼き印が押してある。

三条通りの修学旅行生御用達のような土産屋が懐かしい。猿沢池の手前で興福寺境内へ侵入する。興福寺には中学の修学旅行で訪れたことがあるが、あまりよく覚えていない。実はこのときの「しおり」や訪れた寺のパンフレットなどを今でも保管してあり、当時の行動や印象などを多少復元できる。

しおりによれば、新幹線で京都に到着したあと、近鉄の準急でキンナラへアプローチし、まずは団体で興福寺の国宝館を観たらしい。20分の見学時間が設定されていたようだが、何も覚えていない。この後解散して三々五々班別自由行動となっていため、うわの空だったのかもしれない。


まず三重塔。興福寺には五重塔もあり、そちらのほうが人の印象に残っているはずだ。こちらの三重塔は境内の隅のほう、しかも坂を下ったところなので訪問する人はほとんど居なかった。コンパクトながらセンスのいい塔。


もう一枚撮っておこう。


三重塔から坂をのぼって、向かいの北円堂へ。開扉はGWと秋。わりと長い期間が設定されている。


そして南円堂。ここは一年に一度のみの開扉。庇部分との接合がかっこいいね。内部には3m超の巨大不空羂索観音像が居るらしい。観てみたいが、混雑するだろうなぁ…。

風は強くなり、雲も多くなってきた。雷鳴もかすかに聞こえてきた。雨に降られると嫌だけど、涼しくなってきたのはいいかな。


そして境内中核部へ。東金堂と五重塔が並んで見える。その手前の立ち入り禁止区域は、中金堂や回廊などの復元工事中となっている。興福寺は廃仏毀釈の時分に境内が荒廃し、奈良公園の一部となってしまった。今でもどこまでが境内なのか不明瞭なままで、拝観者の動線も失われてしまっている。この辺りまで来ると人が多くなる。

 
そして鹿も多くなる。鹿に視線を向けると、何かをくれるものと思って向かってくる。真正面からアプローチされたので威圧感がある。Gメンだよ。チャーチャー、チャチャチャ、チャーチャーチャー、チャラッチャチャラー。近づいても何もくれないことを悟ると、鹿はニラんで通り過ぎて行ったよ…。


五重塔。うーん、さっきの三重塔のほうがプロポーションがいいかなぁ。


鬼瓦、こっち見てるよ…。口の裂け方が凄いよ…。まるでマンガだよ…。


さて今度は隣の東金堂。平屋のお堂がなんとも奈良っぽい。

上の写真、石碑の先に浴衣姿の女性が写り混んでいる。この後の時間、奈良公園では「なら燈火会」というイベントが控えており、道にたくさんの燈籠が置かれるのだそうで、それを目当てに奈良公園に訪れた人のようだ。


さて、拝観料を払って侵入です。

 
中央に薬師三尊、それらの間にヴィマラキールティ(薬師如来の右手側)、マンジュシュリー(左手側)が安置され、壇の四隅に四天王、三尊の周囲に十二神将たちが控える。

 
まずはヴィマラキールティ。維摩経の中心人物。自分はこのドラマティックな経典が大好きだ。

ヴィマラキールティは在家の長者で、自由無碍な大乗仏教の理想的人間像として描かれる。場合によっては酒も飲むし肉も食べるという、自由な(ヨーロッパ語の訳語としての「何をやっても許される」という意味ではなく)生き方をしている。まさに空の実践を、呼吸するかの如く意識せずにできる、人生の達人なのだ。

で、突然彼は病に倒れる。釈迦如来が超能力でこれを察知し、見舞いを向ける。十大弟子が選ばれるのだが、全員渋る。というのは、以前ヴィマラキールティに問答で散々やりこめられた経験がそれぞれにあるからだ。一人ずつ見舞いに行くのだが、やっぱり全員問答に勝てない。

そこで最後の手段として一番の智慧(プラジュニャー)を持つマンジュシュリー(この場合、文殊菩薩と書かないほうが経典のドラマ性がリアルに活きる)が見舞いに行き、ヴィマラキールティ相手に鳥肌が立つほどの問答を展開する。実はこの過程自体が空思想を指し示すものになっており(直接「指」で空を指し示すことはできない)、最後はヴィマラキールティが口をつぐんで空が完成する。しかしこれで終わらないのが維摩経のすごいところで、しかし、この世界は言葉で充たされており、また言葉を使うことによってしか、人々を悟りに向かわせることができない、とヴィマラキールティに語らせて終わる。

さて、以上の話をふまえて東金堂のヴィマラキールティ像を見てみると、顔にしわが寄っていて少しこけており、老人のようである。病に伏せっているのだから、細いのは当たり前かもしれないが、しかしそれにしても鋭い眼光と動きのある手。迫力は充分。口が開いているから、マンジュシュリー相手に手振りを交えて熾烈な問答をしている最中なのかもしれない。彼の座の下にはライオンが彫られている。悪魔的とも思える力強いライオンだが、ライオンは釈迦如来を隠喩している。在家でありながら如来の境地にあるヴィマラキールティの属性を示しているかのようだ。


そしてその最大最強の問答相手であるマンジュシュリーをみてみよう。ヴィマラキールティとは対照的に若々しい童子相で表現されている。口をつぐんでいるが、ヴィマラキールティに倣っているのかもしれない。彼の座にはいつものライオンがいない。何故かこのマンジュシュリーは鎧を着ており、両胸の部分に獅子のような彫り物があり、これが力を象徴し、そして鎧はまさに問答に対する彼のキアイの入れようの象徴かもしれない。

薬師如来は東方瑠璃光浄土の仏なので、東金堂の本尊としては当然である。東に文殊菩薩、というのは普遍的な認識なのだろうか。それでは、今は失われている西金堂の本尊は阿弥陀如来だったのだろうか? それとは別に、西金堂には、ヴィマラキールティにやりこめられた十大弟子像が安置されていたという。ヴィマラキールティとマンジュシュリー、十大弟子という対比になっているのだろうか。


そして十二神将。左はヴァジラ(戌)。剣をかざし、上半身を大きく捻っている。左手で獲物を抑え、右手の剣を差し込むところなのだろうか。『仏像』の全身写真を見てみると、こいつだけ何故かサンダルを履いている…(『仏像』では下駄と書いているが、サンダルっぽい)。戦場にサンダルとは、余裕ですねー。

そして右はクンビーラ(亥)。こいつだけ兜を着用。武器も持たず、守りの人なのかも。手は静かに印を結んでいる。

 
このひょうきんなやつはヴィカラーラ(子)。面白いのでこいつだけ二枚。手をかざして遠くを見ている神将は、よその十二神将にもいたりする。東寺の巳大将とポーズや表情がよく似ている。アングルによってははにわっぽいな…。


チャツラ(丑)。右手でピースをつくっている。実は他のどの神将の頭の上にもそれぞれ動物がのっているが、こいつは牛がのっているのがよく分かる。

 
パジラ(辰)。顔が真っ赤で皺を寄せて怒り猛っている。これから抜刀しようとする瞬間。写真では分かりづらいが、袖がカールしている。

 
そして壇の四隅には四天王たちが。左は広目天(壇向かって左後)、右は増長天(左前)。目と顔が丸く、全体的にずんぐりとしていて首がない。小太りの四天王たちです。そして髪の毛が赤く、パンクです。増長天の兜には、日本の兜のように顔の両サイドに「かえし」が付いている。ここの四天王でこいつだけ獅噛が付いている。

 
左は持国天(右前)、右は多聞天(右後)。四天王最強の男である多聞天が、地味なポジションになってました。


増長天に踏まれる邪鬼。左足をピキーンと突っ張って、痛さを表現してます。牙とか眉とか凄いんですけど…。

 
堂内奥にかけてあった絵。左はデフォルメされた摩利支天。太陽と月を背にしてます。右は何故か邪鬼を踏みつける強そうな鶏。酉年の護り本尊の不動明王を暗示しているのだろうか。

この後何故か興福寺国宝館を飛ばしてしまった…。八部衆…。再訪しなきゃ。

遠雷が聞こえるので急ぎ足で東大寺へ。


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