室生寺へは、室生川にかかる太鼓橋を亘って行く。境内に入ってすぐのところには本坊があるが、非公開。右に折れて進むと安っぽい仁王門。


仁王門の先には金堂へと続く階段。室生寺の堂宇は一直線に並んではいない。山を削ってできた平地に諸堂宇が建っている。

 
金堂は掛け造り。


金堂内部には様々な仏像が所狭しと並べられている。本尊の釈迦如来が中央にいる他、その向かって左に文殊と十一面観音、右に薬師如来と地蔵菩薩。ほんらい、こんな並べ方はあり得ないので、元はそれぞれ他の堂宇に安置されていたものなのだろう。金堂左奥には聖観音、右奥には大日如来。智拳印を結んでいるので金剛界か。そして前列には十二神将が並べられていた。

十二神将のうち、辰神将と未神将は奈良国立博物館に出張中。寺務員のおばさんに「おととい観てきました」と言うと、曰く「元気にしてはりました?」。

残念なのは入堂不可ということ。内部の様子はよく分からず。金堂正面から見ると、二本の大きな柱が邪魔になってしまう。入堂させて欲しいところだ。

よく見えないため、十二神将のポストカードを買い求めた。弓矢を持ってねらいを定める申神将(インダラ)と法具を持つ卯神将(ヴァジラ)を除いて、武器や道具を持っている者はなかったが、それぞれ何かを持っているような姿勢を取っていることから、そもそもは持っていたと考えられる。

割と小さな像ではあるが、それぞれ個性を持たせて造像されているのが特徴。唯一兜を被る子神将(チャツラ)は、左手を掲げて宝塔を載せるような姿勢を取っている。

丑神将(ヴィカラーラ)は、秋篠寺で観た五大力菩薩のように、右手のひとさし指と中指を立てている。左手は何かを握っているようなかたち。左利きなのかもしれない。

寅神将(クンビーラ)は右手ひとさし指で地を指している。左手で何かを載せるような姿勢。

卯神将(ヴァジラ)は右手で後ろ向きに法具を持ち、左手を大きく開いて下向きにしている。割と大きなアクションを取っているし、うでをまくり、その上裸足なので仁王像のようだ。裸足なのはこいつだけだ。

奈良国立博物館に出張中の辰神将(ミヒラ)は、獅噛がある。ただし、小さな牙と小さなとがった耳が付いているので、獅子というよりは猪のようだ。彼の怒髪の間にも十二支に対応した動物があったと思われるが、今は失われ、髪の間に空隙ができている。怒りをたたえつつも、少し笑みを浮かべるという余裕を持っている。

巳神将(アンティラ)は手をかざし、遠くを偵察するかのようなポーズ。これもおきまりのポーズだ。

午神将(マジラ)は、往時は右手に槍を持っていたようなポーズをとる。彼の頭上には、割と分かりやすい馬頭が載せられている。割と雑な造形。

奈良国立博物館に出張中の未神将(サンティラ)は、ここの十二神将一ユニークな考え中ポーズをとる。左手を頬にあてて頭を傾けているが、右手は何かを持っている姿勢だ。この右手で武器を持っていたとすれば、戦場でふと考え事をするくらいの余裕を持っているということになる。

申神将(インダラ)は弓矢を持ってねらいをさだめているが、片眼を潰しているのがリアル。こいつにも獅噛があるが、辰神将とは違いちゃんと獅子っぽい。

酉神将(パジラ)は両手に武器を持っていたような姿勢。腰を微妙にくねらせて怒りの形相をしているが、頭上には風見鶏のようなかわいい鶏が載っているため、どこかマヌケ。

戌神将(マコラ)は、冠を載せた老人。眉毛とあごひげが長く垂れている。しかしまだまだやる気はあるようで、右手でひとさし指を立てて威嚇している。十二神将唯一の老人だが、若者には負けまいとしている。ただし、頭上に載った犬の耳が垂れていて可愛いので、呑気な感じになってしまう。

亥神将(シンドゥーラ)は、両手をクロスさせ、右手ひとさし指を伸ばしている。

こんなに個性的な連中なのに、普通に拝観してもよく分からずに終わってしまう。


金堂右端に安置されていたのは蔵王権現。これほど大きい像は初めて観た。あまり足は上がっていないが、この大きなアクションはいつ観てもいい。ちょっとシェーっぽい。

金堂向かって左には、茅葺きの弥勒堂がある。誰も見向きもしなかったが、内陣中央には弥勒菩薩、その右手には地蔵菩薩。左手には何も置かれてなかった。内陣向かって右奥には釈迦如来が安置されていた。如来なのに端に置かれているのは、本来この堂宇に安置されていた像ではないからだ。内陣向かって左奥には、役行者が前鬼と後鬼を連れて控えていた。金堂の蔵王権現とセットになっているのかもしれない。

 
金堂向かって右の階段を上ると灌頂堂。この寺の本堂。秋は奇麗になるんだろう。

 
室生寺を紹介するとき、必ずといっていいほど使われるショット。

「女人高野」というキーワードを以て、この寺について「女性的である」という表現を多く見るが、今回訪問した限り、自分には女性的とは思われなかった。むしろ「女性的」なイメージを排している印象を受けた。女性を男性と変わらない同じ存在として迎え入れるのではなく、徹底的に女性であることを否定しようとしているかのように感じるのである。

この寺の印象を「柔らかい」「優しい」「女性の寺」と表現すればするほど、女性の「女性」性を強調してしまう。それは、男女の差異の再生産に加担することになる。「男性と同じような救いを求める」のではなく、ことさら性別を意識せずに行えるようにするのが仏教本来のやり方ではなかったか。それが空なのである。

男性や女性という概念は言葉によって生まれた。言葉は差異を生み出し、世界を区切る。それは秩序でもあるが、いかなる言葉も「男性の言葉」であることにより、「男性」による秩序でしかない。言葉の使用者はすべて「男性」となる。「男性の言葉」による支配を脱するには、言葉を排するしかない。「男性の言葉」を「女性の言葉」に置き換えても結局何も変わらないからだ。言葉を排することにより、世界を渾沌のまま受け入れることができる。そこには性別などない。これがすなわち仏教の教えであり、悟りである。 ちなみに、男性と女性の差異は誰も説明することができない。定義など不可能で、経験的に分けているだけだ。男性でないのが女性であり、女性でないのが男性、でしかない。


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