雍州秋景 2007年11月3日〜4日

出発まで

9月頃、第43回京都非公開文化財特別拝観(秋期)の情報を得たので、その会期に京都を訪問することとした。まだ紅葉には早い時期だが、せっかくの機会なので逃したくない。

まず目玉はなんといっても金戒光明寺の山門だ。そして最近庭園に興味を持ち始めたため大徳寺黄梅院がその次のねらい。できれば仁和寺の観音堂で二十八部衆を観たい。

京都古文化保存協会が主催する特別拝観としては、上記の三件が光っているが、他にそれぞれの寺院にて独自に公開している物件がある。主にねらっているのは、龍吟庵と即宗院、天得院の東福寺塔頭三寺、興臨院と総見院の二寺。

他にも公開されている寺院があれば、貪欲に観て回るつもりだ。二日は正直短いが、効率よく動いて全てを回り切ってしまおうと思う。

出発

今回はひかり早得きっぷという、ひかり利用の割安きっぷを使用した。何故これまで知らなかったのか不思議なのだが、東京〜京都が11500円で済んでしまう。ひかり利用ということで、往きの場合京都着が9:20となってしまうが、帰りは幾らオシてもかまわないので、速さであまり困るようなこともないだろう。


朝食に選んだのは「あなご弁当」。あなごが嫌というほど入っており、ツメもおいしい。良作弁当。東京発の朝食にどの駅弁を選ぶべきかいつも悩んでいたが、東海道なら今後はこれにしよう。


小田原駅のキオスクは、城を模していた。怪しい城の一つか。

京都着。今回は南禅寺をスタートとする。京都駅から地下鉄で蹴上まで移動だ。

金地院

南禅寺の前に、今まで訪問したことがなかった金地院を訪問しておく。


まだ早いと思っていたが、紅葉が進んでいるところはあった。なお、庫裡には入れない。


特別公開しているという猿猴捉月図。自分が写ってしまった…。書院の襖絵らしい。月を捉える猿の図ということか。長谷川等伯の筆。果たして実際に手長猿を見た上で描いたものなのだろうか。池の水面に映った月を取ろうとしているのだが、その猿の顔も月のように丸い。他の水墨画でも手長猿がモチーフになることがある。


さて、境内に入ろう。奥に見えるのは書院。書院の前は庭園となっており、これを迂回するようなかたちで書院に入る。つまり、書院へは今見えている面からではなく、反対側から上がることになる。まずは桃山式の明智門をくぐる。


門をくぐると、弁天池が広がっている。池の中央には祠があり、そこへかかる橋の入り口には鳥居(画像右)が建っていた。


弁天池の先には苔庭が。落ち葉が苔に咲いた花のようになっていた。

 
爽やかな苔の小径。


またまた鳥居。東照宮への入り口だ。ここ金地院には崇伝が座した。家康に信任された崇伝が、家康の遺言に遵い、東照宮を造営したらしい。

 
上の二つの画像は、金地院に入る前に通過した東照宮へ通じる山門。動線の関係上、拝観者はここからの出入りはできなくなっている。山門の奥には鳥居が見えている。 さすがに葵の紋が入っている。二層目の破風がまさに江戸風だ。

 
東照宮拝殿。日光と比べてはいけない。黒を基調としているが、細かい装飾などは相似している。内部には三十六歌仙が掲げられていた。


天井絵。狩野探幽による。


奥は本殿。やはり本殿、こぢんまりしていても装飾性は高い。本殿と拝殿は繋がっている。

 
こちらは開山堂。典型的な凸型をしている。一番奥には崇伝の像が。なんだか怪しく照らされているように見える。

 
凸型の手前部分左右には、十六羅漢が控えていた。何故に開山堂に居る?


池の淵に立つと、餌をくれるものと思って鯉が近寄ってくる。


書院。庭園を迂回して反対側までやってきた。飛び石を通って書院へ渡る。


鶴亀の庭園。直方体のような石が二つあるが、これらが鶴と亀。手前が鶴で、奥が亀。全く形からは見立てられない。手前の白砂は海を示す。

なお、方丈内の「上の間」、すなわち将軍座からの眺めが、もっとも雄大に見えるのだという。視覚まで設計のうちというわけか。自分みたいな庶民はこの庭の本質を語ることなどできないってわけかい、ちぇっ。

ということは、この庭園は将軍のためだけに造られているということにもなる。将軍が「上の間」に座すことで、この庭園は完成するのだ。だって、その他の地点からはその完成された風景は再現・構成されないのだから。

つまり、将軍は視ることによってこの庭を成立させているのだ。文字通り中心である。ただし、その中心は、なんと中心でありながらこの庭園の中には居ない。不思議なようだが、外にある中心によって、庭園が成り立っている、構成されているということになる。

絶対的な仕方で存在するものはない。全ては感覚されて初めて存在が成立する。外部に絶対的存在を求めてはいけないというのが禅の教え、ひいては仏教ならば(神が存在しない)、この庭園はそれを示しているのだろう。

だから、ガイドブックに掲載されている光景を探すのは、あまり意味がないといえる。外部に絶対的基準を設けてしまっている。自分が感覚して初めて成立するのなら、そういった基準を捨てて視なくてはならない。

この庭園は将軍ただ一人にとってのみ存在している。設計者が将軍でないなら、彼は異なる視点で世界を視ることができたことになる。そういうのが天才と呼ばれるのだろう。あり得ない視点でものを見るのがアーティストの仕事なのだ。

フーコーが分析したラス・メニナス(侍女たち)のように、王の視点によって世界が存在していた。それを描いたベラスケスも、この庭園の設計者も、そうやって王の視点を捉えることによって作品を作り上げた。

庭園の設計者は「風景」を発見していたのだ。風景は、感覚する主体があって、初めて存在するものだ。風景を意識せずに庭園を設計することはできない。

こうしたことを考え続けるのが、私の旅の醍醐味なのだが、ときに疲れることもある。ただ、この思考を続けていって、どこかで世界の存在摂理と合致したとき、至上の快楽はない。その思考の道程こそが、世界に自分が存在することの証であると感じられるのだ。だから私は思考をやめない。

この庭園がこの庭園であることの絶対的根拠はない。世界に存在する仕方は全く恣意的なのだ。ならば、その恣意を探ることが、この庭園の意味を探ることになる。それには、まずは「自分スタンダード」を消すしかない。「自分探し」ではなく、「自分を消す」のだ。

自己を否定して、設計者の意図を追っていく。まず最初にやらなくてはならないのが「時代のスタンダード」を消すことだ。たとえば、自動車があの形である必要性は全くなかった。馬車が自動車の原型なら、馬を機械にしてもよかった。全てのものは、他の形態も取りうるのにどういうわけか今ある仕方で存在しているのだ。まず設計者の思考を探るには、あらゆるスタンダードを否定していかなければならない。

時には意味がわからない場合もある。ただ、思考をねばり強く続けていると、どこかで設計者の思考の道筋が見えてくることがある。この時、私は一瞬だが、世界と繋がった喜びを知る。確かに他者と共振したと感じるのだ。その時、初めて自分の存在がはっきりしてくる。逆説的だが、それは自分を否定した結果なのだ。

京都というのは、私にとってこうした喜びを感じさせてくれる、貴重な場所となっている。ただし、京都だからすばらしいというわけでは絶対にない。上記のような思考の場を与えてくれる物件がたまたま集積しているのが京都ということだ。

それはニーチェのいう力への意志だろう。秋葉原が電気街になっているのも、神保町が古本屋街になっているのも、ハチやアリが巣を作るのも、設計図があったわけでは決してないように。全て偶然の賜物である。同じように京都も偶然京都なのだ。

また同様に、自己の存在さえ偶然だ。日々細胞が更新されているのも、ガン細胞を抑制しているのも、傷ができたら修復するのも全ては偶然の集積だ。全て力への意志によって動いている。

だから、生に意味はないし、死にも意味はない。しかし、いやだからこそ存在していることは、神秘的なのだ。存在していなくてもよかったのに、なぜか存在してしまっている。そこには何も理由はない。だからこそ生は素晴らしいのだ。


ケイ素の含有量が高いのだろうか、きらきら光っていた。


やけに白砂の部分が多い庭園だが、よく観ると、仕切りのような帯と渦で構成されている。幾何学的な紋様だ。


書院内部。


杉戸絵につがいの山羊が描かれていた。


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