当初、予定では小松駅からバスに乗ってハニベ厳窟院に向かう予定であったが、金沢駅で手に入れたガイドに載っていた那谷寺の境内にかなり興味を持ったので、急遽、予定を変更して那谷寺に向かうことにする。
小松駅には11:02に到着していたが、次の那谷寺行きのバスは12:00だったため、駅のそば屋で少し早いそばを食べた。白山そばというが、別に何の変哲もないそば。京都駅うどんの透明だしよりは醤油色。それでも関東のだしよりは薄かった。駅の周辺にはこれといって見るものも無く、駅内をぶらぶらしたり、待合室でパンフレットを物色したりして時間を潰した。雲行きが怪しい。宿で天気予報を見てきたが、やっぱり午後から雨が降るらしい。
小松駅を出ると、ほどなくして雨が降ってきた。バスは年寄りでいっぱいだった。しかし粟津温泉までには全ての乗客が降りてしまい、結局終点まで乗っていたのは僕一人でした。12:35頃那谷寺バス停到着。バス停には「那谷寺駅」という名のついた待合室があった。きっと昔は鉄道駅として活躍していたのでしょうな。駅行きのバスの時刻表を確認すると、次のバスは12:45発。10分後である。その次を見ると15:45。雨も降っている中、この付近で3時間以上も過ごさなくてはならなくなった。
雨はそれ程激しくなかった。傘を取り出し、寺へと向かう。バス停から500m程離れている。寺の前にはやっぱり寺に寄生するセンスのない店が群がっておりました。おばちゃんの呼びかけを無視し、境内へ入る。
華王殿の側にはお茶処と展示館を兼ねた建物がありました。博物館そのままにガラスケースの中に十二天屏風が展示されておりました。説明に拠ればこの屏風はこの寺の儀式の時に使用されるとのことですが、いちいちガラスケースから取り出してんの?
この寺の本堂は、岩をくりぬいた部分に作ってあり、「胎内巡り」と称していましたが、大したことはありませんでした。「撮影禁止」と謳っていましたが、別に撮影意欲は起きません。
その先からは山道が続き、西国三十三ヶ所のミニ霊場が続いております。この寺は三十三ヶ所に数えられている訳でもなく、番外でもない。花山天皇がこの寺にやって来たときに、「この寺は三十三ヶ所を全て廻ったのと同じようなすばらしさがある」などと宣ったそうで、それで、一番の那智の大滝の「那」の字と、三十三番の谷汲寺の「谷」の字を取り、「那谷寺」としたそうだ。
懸造り物件です。
懸造りのお堂からの眺めは最高。
塔もある。
こんな大岩も。これ、参道ですよ。苔生していて感じが出ています。その参道から降りると、こんな感じ(右)。不動明王でしょうか
白山明神を祀った神社のようです。つまり、山を御神体としているわけです。宮殿は、祖父江で見た神明社のような構造になっておりました。拝殿の先に本殿があって、拝殿と本殿の間の空間は囲われており、参拝者は本殿には近寄れないようになっているのです。また、本殿は透明なアクリル板で全体を覆われておりました。保存の為でしょう。宮殿の後ろには雪塊が残っていました。
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