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フエの陵墓・王府祠堂巡覧 2015年3月6~10日

王府祠堂巡り1

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王府祠堂巡り1

フエのフバイ空港に15:15頃に到着。本来なら14:40頃に到着予定だった。まぁこれくらいの遅れならなんとかなるかな。フバイ空港でも沖付けとなり,やはり車に乗ることになった。フエはやはり暑かった。iPhoneで調べたら30℃近くあるようだ。ハノイはずっと雨だったし,20℃を超えることはなかった。フエはさすがに乾季に入っていて,天気は良かった。

新しくなったとは言え,フエの空港はやはりシンプルで,車から降りて到着ロビーを歩くとすぐに外に出てしまう。明日チャーターしている車のドライバーとして,去年運転してくれたニンさんを再び指名していたが,ニンさんとは違う人が迎えに来ていた。車に乗り,早速セーターを脱ぐ。

フエはハノイほどバイクは走っていないが,それでも多いとは思う。そこを今回は自転車を借りて走るのだが,果たして大丈夫だろうか…。

ホテルに到着したのは16:15頃。迎えてくれた女性スタッフには見覚えがある。パスポートを渡し,ロビーでフルーツとウェルカムドリンクを頂いた。今回の滞在で予約している明日の車のチャーターの件,明後日のレンタサイクルの件を確認。

部屋まで案内してくれた女性スタッフは,去年とてもお世話になった女性スタッフだった。ニックネームはジュリア。ジュリアも私のことを覚えていた。「たくさんのマイナーな史跡を巡った人よね」とのこと。やはりインパクトのある客だったようだった。今回も同じようなことをする。

一通り案内してくれたし,顔を覚えていてくれていたスタッフなのでチップを渡した。

部屋は相変わらず綺麗だし,十分なアメニティが揃っている。これで30ドルほど。トリップアドバイザーでの評価は,フエで2位。実際去年良かったので今年も宿泊している。たぶんよほどのことが無い限り,今後フエの宿はここ以外にない。

荷物を整理したところでまだ16:30。せっかくフエに来たのだから時間がもったいないので,これから自転車を借りて繰り出してみることにする。フエ市内の阮朝宗室がかつて暮らしていた邸宅跡をめぐる目的で,明後日レンタサイクルを予約しているが,時間があるのであれば少しでもクリアしておきたい。それらの邸宅跡は現在その宗室を祀る堂宇となっており,Phú(府)とかPhú Thử(祠府)とか呼ばれている。中国風に言えばかつては王府であり,今は祠堂となっているのだ。これらの祠堂をこのサイトではとりあえず「王府」と呼ぶことにする。フエには王府が70ほど残っているらしく,だいたい10ほどの通りに集中しているようだ。

フロントに行ってレンタサイクルを頼むと「自転車が来るまで待って」と言われた。1分ほどするとバイクに乗ったおじさんが自転車を押して持ってきた。なるほど,レンタサイクルはホテルが管理しているんじゃなく外注なんだな。料金は一日2ドルだが,1ドルほどがおそらくホテルのマージンなのかもしれない。「夜までに返してくれればいいから」と言われて出発。

カギを心配していて,出発前はダイソーあたりで自転車のカギでも調達すべきかと思案していたが,ちゃんと付いていたので安心した。タイヤの空気も申し分ないし,ブレーキも効く。リムのゆがみが気になるが,充分だろう。ぼちぼちラッシュ時間となっており,交通量が増えている。ただでさえ危ないのに,ベトナムは右側通行ときている。安全運転で行こう。

宿から北へ向かうとNguyễn Công Trứ通りに出る。今日はこの通りから北の方を走り,できるだけ数多くの王府を見学したい。

Nguyễn Công Trứ通りを東に向かって最初に発見した王府。屋台の客が門の前で食事中なので,道の向かいから撮る。咸順王府Phủ Hàm Thuận Côngとある。門が閉まっている上,他に入口がないため,塀を隔てての撮影になった。堂宇の前には鼎と屏風があるが,お世辞にも格調あるものとは言えず,粗悪な復元といったところ。門もどこぞのリゾートホテルの入口のようだ。

王府のほとんどが観光客を受け入れておらず,咸順王府のように屋台の食事スペースの一部となっていたりする。祠堂を管理する人も今や一般人であり,普通の家としてそこに居住していたりする。門が閉まっている場合には遠慮するが,そうでない場合は家人に一声かけて中に入って見学することにした。

咸順王府の東はNguyễn Công Trứ通りとBà Triệu通りの交差点。事前の調査によると,このまま東進しても王府はなさそうなので,Bà Triệu通りを北上する。すぐにNhư Ý河と交差することになり,Vĩ Dạ橋を渡るとPhú Hội区からVĩ Dạ区へと入る。そこからHàn Mặc Tử通りへと入り,暫く川沿いに東進しつつ王府を探す。

西洋人夫婦もサイクリングしているのを見た。彼らも子どもからのHello攻撃を受けていた。まだまだバイクの往来の少ない通りだったが,まだベトナムの交通に慣れてなくてあまり余裕がない。バイクがどこから現れるか分からず怖い。私もHello攻撃を受けたので愛想良く返していたが,余裕がなくて「どっからきたの」という少年の英語をスルーしてしまった。通り過ぎてから「thank you...」という残念そうな声が聞こえてきて「しまった!」と思った。わりと上手な英語だったのに申し訳ない…。

Hàn Mặc Tử通り143にあった增睿府Phủ thờ Tăng Duệ。初代嘉隆帝の長子英睿皇太子阮福景Anh Duệ Hoàng Thái tử Nguyễn Phúc Cảnhの王府。ただしかなり俗悪な復元となっている。

内部の額には「東宮元帥府」(Đông Cung Nguyên Soái phủ)とあるし,中央には阮福景の有名な肖像画があるため間違いない。Hàn Mặc Tử通りをこのまま東進しても他になさそうなので引き返す。

額に「阮祠堂」とある堂宇をHàn Mặc Tử通りで見つけた。阮という姓はベトナムでは極めて多いため,阮朝皇室の施設であるとは限らない。

Hàn Mặc Tử通りの西の果てのあたりにあったđình Hộ Lâu。đìnhとはベトナムの村落の中心堂宇のこと。阮朝関係の史跡ではない。Hàn Mặc Tử通りの西の果てからNguyễn Sinh Cung通りに入る。しばらくこれを北進する。

地図中央の通りがNguyễn Sinh Cung通り。全長で2kmを超える。

Nguyễn Sinh Cung通りに入って300mほど北進したところにある「小草亭」。102番地。「小草亭」ではなんだか分からないが,近くの看板にはクォックグーで「Tuy Lý Vương Phòng」とあり,「綏理王房」ということのようだ。綏理王は明命帝の第11子阮福绵寊Nguyễn Phúc Miên Trinhのこと。

さらに50m北進したところにあった綏理郡公祠Phủ Tuy Lý Vương。なんとカフェになってしまっていた…。さっきの「小草亭」との関連が分からない。

少し北進したところでふたたび「綏理王祠」とあるものを見つけた。140番地。

これまでに見てきたどの祠堂よりも立派な門だったのでしこたま撮影した。

門の左右には龍や獅子(?)の飾りが。

「綏理王房」とある。「小草亭」にも「綏理王房」とあったが,いったい? よく分からない。

門の中に入ると,これまた立派な屏風が。外側は麒麟で,内側は鳳凰だった。

門の裏側も撮っておく。

これが祠堂だろうと思っていたが…。

なんとその背後にも殿宇が。こっちが祠堂だろうな。門,屏風,中間殿宇,祠堂が一直線に並んでいる。

中間殿宇の裏には屏風。

中を観てみたかったが,閉まっていて中を窺うことができなかった。

門に戻ったら,屏風の裏で家人が線香を焚き始めた。奥には突然の珍客に驚いているパジャマ姿の孫娘。こっちを見ていたのでHelloと呼びかけたが,シャイなのか隠れてしまう。家人に挨拶をしてお暇する。

延慶王府phủ Diên Khánh Vương。98番地。文字が瓶のようなもので作られているのは啓定帝廟と似ている。延慶王は嘉隆帝の7子阮福晋Nguyễn Phúc Tấn。

屏風を備える。ただし周辺はバイクの駐輪場となっている。

ぶかっこうな麒麟。彩色も酷い。俗悪な復元だろう。

祠堂。隙間から内部を窺うことができた。中心に初代嘉隆帝の肖像画が掲げられていた。

門の裏側。Nguyễn Sinh Cung通りではバイクがけたたましく走る。

さらに400m北上したところにあった豊国公府phủ Phong Quốc Công。106番地。豊国公は明命帝の55子である阮福綿【宀虔】Nguyễn Phúc Miên Kiền。残念ながら門は閉まっていたので中を窺うことはできなかった。既に17:45を過ぎている。

これまで北上していたNguyễn Sinh Cung通りが東へと直角に折れるあたりに建つ波羅密寺Chùa Ba La Mật。六波羅蜜寺と同じくパーラミータに由来する寺名だろう。

この付近に定遠郡王府phủ Định Viễn Quận Vươngがあるとの情報を得ていたが,ついに見つからなかった。定遠郡王は嘉隆帝の6子阮福平Nguyễn Phúc Bính。

東に折れたNguyễn Sinh Cung通りにあるPhú Thử Khánh Quán Công。阮朝皇室の誰を祀る王府かは不明。

もう既に18時近い。暑いとはいえフエも日本と同じ北半球なので日の入りは早い。18時を過ぎるともう暗くなりだした。日本のようにそこかしこに街灯があるわけでもないので事故に遭う確率が急激に高くなる。治安は悪くないが,交通事故の危険性が一気に高まる。やばいので急いで自転車を漕いでホテルへと戻った。

帰りはNguyễn Sinh Cung通りではなく,他の通りを進んだが,他に王府を見つけることはできなかった。命からがらホテルに戻ったという感じ。

ホテルに戻ったのは18:30。ホテルのスタッフに自転車を返すと,てっきり夜遅くまで自転車で街をうろうろすると思っていたらしく,「え,もう終わったの!?」と驚かれてしまった。部屋に戻って少し休憩したあと,1Fへ。疲れたので今日の夕食はホテル内のレストランで摂ることにした。このホテルのレストランも,トリップアドバイザーで上位につけている。

一度食べてみたかったバイン・コアイ。メニューには英文でrice crepeとある。パリパリのライス生地の中にモヤシ,海老,豚肉あるいは鶏肉が入っており,ピーナツソースを付けて食べるフエのローカル伝統料理。以前から食べたいと思っていたもの。むろん美味しかった。ウェイトレスに「バインコアイ初めて食べたけどうまかった」と言ったら「フエの伝統料理よ。いいチョイスね」と言われた。

で,ブン・ボー・フエ。フエに来る時は必ず食べている。ブンは丸い細い米麺,ボーは牛肉なのでフエ風牛肉米麺。ベトナム料理には珍しく辛みがあるが,全然たいしたことない。うまいんだよなぁ,これ。バイン・コアイとブン・ボー・フエは,いずれも4,5万ドンほどで合計で500円ほど。現地価格からすればまだ高いけど安いと思う。しかもうまい。下手に冒険するよりも安心感があるし,ホテルから外に出る必要もないので,ここに宿泊したらここで食べてしまったほうがいいと思う。この宿すごいな。

レストランには他にほとんど客はいなかったが,私の入店の少し後で南アフリカから来たという男がやってきて,ウェイトレスと話しこんでいた。話がちょっと大げさでちょっとウザめ。もっと時間が遅くなればもっと客は来るんだろうか。

19:15頃に部屋に戻ると,なぜかPCがネットに繋がらなくなっていた。LANケーブルが光っていないのが不安。しょうがないので電話で「ネットに繋がらない」と伝える。できそうな若い男性スタッフがやってきた。ものの1分で接続完了。自分が設定をおかしくしてしまったわけではないが,感謝の気持ちを込めてチップを渡しておいた。

ネットに繋がっていないと何が困るか。それはベトナム航空のウェブチェックインができなくなること。ベトナム航空のサイトではFlashを使っているためiPhoneではウェブチェックインができない。

酔い止めのせいか,あるいは風邪のせいか体が重いので,もう外に出ないことにした。早々とシャワーを浴びてベッドへ。

昼間に到着した時,フエは暑いと感じたが,陽が暮れるとさすがに涼しく,夜中はエアコンを使う必要がなかった。最低気温が25℃を下回るのは嬉しい。灼熱のフエしか知らなかったが,こんな季節もあるんだな。

明日はニンさんが来る。7時に車を出してもらう。朝食は6:30からなので,6時に目覚ましをセット。たぶん21時前には寝てしまったと思う。


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