雍州春景 2007年3月30日〜4月1日


天龍寺の塔頭は土壁によって囲まれているが、中には画像のように、瓦で花をかたどったものがあり、なかなかおしゃれだ。


ある塔頭(名前失念…)の竜宮門。内部には弁財天が祀られているらしい。

アジア系(おそらく大陸中国人)の観光客が立ち替わり門の下で記念写真を撮っていて、なかなか中へと入れなかった。門の額に「来福門」とあるのが、中国人受けしているのかもしれないが、なかなかの迷惑。すべての中国人がこうとは思わないが、日本に限らず、外国における彼らの行動には目に余るものがあるらしく、イメージが悪いようだ。

ただし、日本人も諸外国に行ったときに、羽目を外して外国人の顰蹙を買うということが往々にしてある、自分では気づかないところが大きな問題だ。あまり中国人のことも言ってられない。そこには日本特有の「世間」という厄介な問題が背景にあるようだ。

弘源寺


現在特別公開中の弘源寺に侵入。なぜか狸の置物がお出迎え。

 
そう広くない境内には「臥牛石」(左画像)と「伏虎石」(右画像)が。全然そのようには見えないが…。どうしてこんなものが唐突にあるのだろう?


弘源寺の堂内では、絵や書の展示が行われていた。庭園の鯉が見事だったので撮ってみた。

…はて、「特別」公開と銘打つだけの見所が、堂内にはない。


実は弘源寺境内に毘沙門堂があり、そこが特別公開中だった。画像はポスターの写真を撮ったもの。なかなか色が残っている像だ。ポーズも荒々しい。何より邪鬼が好いではないか。何でも、インドの毘首羯磨(ヴァイシュラ・カルマ?)によって作られたものらしい。

毘沙門堂の天井には、升目のなかにそれぞれ異なる植物が色鮮やかに描かれていて、見応えがある。


またまた狸…。そうか! 毘沙門天だから狸なのだな。やっと分かった。毘沙門天といえば狸。この図式の成立には、金属信仰が背景にある。

まず、ムカデは毘沙門天の眷属で、よく毘沙門天単独の別尊曼荼羅などには、毘沙門天の両脇にムカデが描かれていたりする。そのムカデは、山の言葉で「鉱脈」を意味した。おそらく、金属が土の中を筋のように走っているのを、ムカデが這っているように見えたのかもしれない。このような連想により、ムカデを介して毘沙門天が金属と関わりを持つようになり、金属、特に製鉄に携わる者の信仰の対象となった。

一方狸だが、製鉄に用いるふいご(炉に空気を送るための「ふくろ」のようなもの)が、狸と似ているということから、狸といえば製鉄、という図式が成立した。

こうして毘沙門天と狸が製鉄というキーワードで結びつき、毘沙門天といえば狸ということになった。かなり強引かもしれないが、こういう連想(アナロジーと呼ばれる)によって、過去の人々は世界・宇宙を読み解き「神話」を体系だてていった。

アナロジーという発想がないと、なかなか寺院空間を読み解くことができない。

そう、さっきの牛と虎は「うしとら」で「艮」、つまり北東という方角を暗示していた。毘沙門天は艮を守護しているから、境内にあのような石を置いて、牛である、虎であると銘打っていたのだ。

さて、天龍寺の塔頭で、現在特別公開中なのは弘源寺だけではない。もう一つの宝厳院に向かおう。


途中で見事な桜を観た。庭園とよくマッチしていてなかなか好い。しかもとあるカップルがこの見事な桜をバックに、婚礼の写真を撮影していた。

かなり大がかりな撮影だったので、ひょっとすると広告のためのモデルさんたちだったかもしれない。しかし、かりにそうであっても、周りを幸せな雰囲気にしてくれていた。道行く人たちすべてが、この見事な桜と、これをバックに結婚写真を撮ることのできる幸せな二人に見とれていた。

 
ここはなかなか穴場な桜スポットだね。

そういや、このあたりだったかも、かつて「魚雷観音」なる不思議な物件があったのは。とある京都の観光ガイドブックで、このあたりの地図に「魚雷観音」という文字があったのだ。

 
果たしてそうだった! そう、この庭園の中に、右画像のように魚雷(回天:特攻用の兵器、つまり「人間魚雷」)が置かれていたらしいのだ! このミスマッチがすばらしいではないか。今は呉市に移っているようだが、過去には、ここに確実に魚雷が置かれていて、この季節には見事な桜と庭園、そして魚雷…というシュールな取り合わせがここに実現していたんだね…。


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