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京都'08秋の特別公開その1 2008年11月2日

瑠璃光院

るりこういん

京都府京都市左京区上高野東山55

叡山電鉄八瀬比叡山口駅下車徒歩5分

マピオン

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瑠璃光院

出町柳駅でしばらく出発待ち。登山ルックの人がたくさん降りてきた。比叡山から下山した人なのか、あるいは鞍馬か。帰りは覚悟しないといけないなぁ…。

八瀬比叡山口駅で下車。初めて利用する駅だ。叡山本線の最終駅。以前は付近にあった遊園地の名にちなんで「八瀬遊園駅」だったが、廃園となった現在では閑静な地となっている。

めざす寺は、駅から出てすぐの高野川を渡って行く。市内と比べれば標高はあるのだろうが、まだ紅葉のシーズンには早い。

たまに紅葉が進んでいるモミジが見られる。

閑静な土地だからなのか、別荘が立ち並んでいる。おそらくここも別荘だと思う。

到着。今回の旅の最後を飾る寺院、瑠璃光院。山門の前のモミジがかろうじて色づいていたのが良かった。これまで存在すら知らなかった寺院だ。ただ、春と秋のシーズンに割と長期に亘る特別時期を設けており、またパンフレットが用意されていることからも、「特別」公開とは言い難い。

寺院らしからぬ様相の堂宇。茶室っぽい、というか典型的な数寄屋造り。寺院には珍しい。掛け造りにもなっている。

夏場は涼しそうだろうなぁ。昼間でも薄暗い。苔の生える瑠璃光院の参道。

石橋を渡って瑠璃光院堂宇に入る。

瑠璃光院は階層がある上、横にも広がりを見せているため複雑。とても図面を描く気にはならないし、把握できない。

実はこの瑠璃光院、元々は昭和初期に造られた別荘だったらしい。だから数寄屋造りなのだ。

岐阜にある無量寿山光明寺が「京都本坊」として寺院として仕立てたのがこの瑠璃光院なのだ。「無量寿」や「光明」とあるように、浄土教系らしいが、詳しい宗派の説明は一切無い。どうやら東本願寺の流れを汲んでいるようだが「京都本坊」などと称しているあたり、真宗の中の割と新しめのカルト(セクト(宗派)の下位概念であり、「狂信集団」という意味で使っているのではない)っぽい。

堂内に置かれている光明寺の広報誌を手に取ってみると、真宗なのに「拈華微笑」のエピソードが紹介されている。かなり面食らったが、新しいセクト・カルトによく見られる「他の宗教や宗派との対話姿勢」なのかもしれない。

それと、真宗なのに「瑠璃光」という名を付けているのがよく分からない。「東方瑠璃光浄土」は薬師如来の居するところだからだ。真宗ならばそれと対となる「西方極楽浄土」から西方寺とか、極楽院と名付けるのが自然といえば自然なのだが…。よく分からない寺だ。

瑠璃光院の付近は、先ほども見てきたように別荘地を形成しているが、その歴史は平安時代にも遡るもので、貴族や武士の別荘地であったらしい。

ともかく、もともと別荘だった建物を流用しているから、一般的な寺院では見られない複雑な構造をしている。

複雑な構造の堂宇の先には、「八瀬のかまぶろ」と称するドームが。建物の中にいきなりある。

内部はこんな感じ。枕があるあたり、ねそべるサウナのような風呂らしい。

壬申の乱で傷ついた大海人皇子(天武天皇)が、この地でかま風呂で体を癒したことにより、「矢背」「癒背」が「八瀬」となったという説明があったが、おそらく後付けだろう。

この地が中世の頃より湯治場として知られていたのは確からしく、その起源を説明するために無理矢理後から足された伝承だと思われる。ともかくも昔から別荘地であったことは確実のようだ。現在でも、このかま風呂を付近の宿泊施設で利用できる。

これが瑠璃光院随一の庭園、瑠璃の庭。瑠璃色とは青系の色なので、実際の苔の色とは名がそぐわないが、この苔庭は素晴らしい。そして、苔の間を縫うように水が流れ、ちょろちょろと涼やかな音を立てている。目と耳で楽しむ庭園。夏に来ると気持ちがいいと思う。ただし夏は拝観時期ではない。

なぜか南蛮渡来図が。

これ、よく見るとかなり興味深いものなので、じっくりと見てみる。

いわゆる南蛮船。帆をたたんでいる最中なのか、遊んでいるのか分からないが、ロープを伝って滑空したり、逆さまになったり、逆立ちをしていたりと楽しそう。

宙に浮いている地球儀。北極を中心とした地図。オーストラリアは描かれていない。

籠の中にいるのは、ヒョウ。16世紀末の日本にもヒョウが来ていたのだ。

オランダ人と共に黒人も居る。裸足の者もいる。

余談だが、信長に気に入られ側近となり、さむらいの身分を得たヤスケ(この名前も与えられた)という黒人が居たという。初めて黒人を見た信長は「風呂に入れさせろ」と言ったという。洗っても洗っても黒いままの肌を見て、ようやくこのような肌の色をした人間がいることを理解したのだとか。

楼上から船の到来を眺める者たち。奥の火頭窓のついた仏閣風の建物の中には、オランダ人がたたずんでいる。欄干に寝そべっている者もいる。

椅子に座り黒い帽子を被っているのはどうやら日本人らしい。

手前の櫓のようなところには夫婦のような二人が。奥さんとおぼしき方が指を指している。どんな会話を交わしているのだろうか。

手前の建物。仏閣のようにも見えるが、屋根の上を見て欲しい。なんとこれはキリスト教会。十字架が物語っている。

内部では日本人の信者が拝んでいる。松の枝に隠れて見えないが、おそらく内部にはマリア像、あるいは十字架が安置されているのだろう。

黒人の従者が支える傘の下で悠々と歩いているのはオランダ人のカピタン。カピタンはおそらく英語のキャプテンで、提督、領事という意味だろう。

そのカピタンを迎える一同。十字架を首から提げ、黒い服に身を包んだ長身の人は、ヴァリニャーノらしい。天正少年使節団の帰国の際に一緒に来日した人。

その手前には、ハグする二人が。当時に日本にはこのような風習はないから、これを描いた人は非常に珍しがったと思う。だからこそこうして描いているのだと思う。

ようやく浄土真宗らしいものが。阿弥陀来迎図だ。

書院の二階部分。この辺りに本尊である阿弥陀如来が安置されている。

ただ、一般の寺院のような須弥壇ではないし、安置されている場所も書院の中央部分とかではなく、どちらかといえば角の辺り。

茶庵「喜鶴亭」の前の池泉式庭園は、臥龍の庭と呼ばれている。左は書院二階から、右は喜鶴亭からのショット。

先ほど通った石畳を、今度は建物のなかから撮る。

この辺りだとちらほらと紅葉が始まっている。二階からは老人ホームなどの施設が見えた。このあたりは本当に静かで、うってつけなのだろう。

二階からもう一度瑠璃の庭を。素晴らしい。

あと二週ほどしたら本格的に見頃を迎えるのだろう。もっと綺麗に見えるはずだ。

さて、夕食の予約時間が気になるのでそろそろ瑠璃光院を出よう。

駅前で見た「ど根性もみじ」の立て札。一体何?

叡山電鉄で戻る。

途中一乗寺で降りて、恵文社に立ち寄った。有名な書店だ。書店といっても、店がこだわりを持って商品をセレクトしている。品のいいヴィレッジヴァンガードといった風。女の子は好きな店かもしれない。

夕食の予約時間が迫っていたので30分も居られなかったが、良かった。

一乗寺で再び乗った叡山電鉄は激混み…。この時期はこんな感じなのかな…? それでもかたくなにたった二両編成。

京阪電車の車内広告。なんか可愛い。魚の眼が×になってる。

今回は、夕食を南禅寺順正で摂ったのだ。八瀬から南禅寺は移動が大変だった。予約した時間を少し割っていた。品のいい門が迎えてくれた。今回利用したプランには、往復新幹線のきっぷ以外に、食事利用のクーポンが付いている。クーポンが利用可能な店がリストアップされており、気に入った店で使う仕組み。だいたい3000円相当のクーポンだ。

中に入って驚いた。広すぎる…。店の人に誘導されたが、巨大な庭園の中にたくさんの建物があり、それぞれに客が入っている。

ゆどうふ懐石。先付として「鯛のカルパッチョ」。左画像手前の水菜が入ったやつ。それとその左に「海老芋と野菜の炊き合わせ」。

右画像は野菜の天ぷら。なすがとろりと甘く、油っぽくない。サツマイモも甘く、薄衣なのが良い。食事としてご飯に塩昆布、大根の漬け物が出ただけだが、凄く美味しかった。

さて、メインの湯豆腐。ゆずの浮いた鍋。

つゆに青ねぎをたくさん入れて食べる。

おなかいっぱい。京都に来てこんなに美味しいものを食べたのは初めてかもしれない。

今後もこの1dayプランを使い倒してやろうと思っている。

食事を終えて出ようとしたら、すっかり辺りは暗くなっていた。庭園もライトアップされて雰囲気がさらに良くなっていた。

京都市営地下鉄蹴上駅に戻り、山科でJRに乗り換えて京都駅で戻った。新幹線に乗り、ビールを飲みながら帰宅。

今月末にもまた京都への旅を企画している。末にも種々の特別公開が予定されており、次回も1dayプランにて訪問する。

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