近江京師巡礼 2007年8月11〜14日

三日目。今日からは京都。主に洛北の物件を回ろうと思う。

当初予定していたのは実相院や円通寺などの物件だが、交通の便が悪くおよそ効率的に回れないため、今回はパスしてまずは大原に向かってしまう。まず手始めに三千院を訪問したい。そのためには拝観開始前に到着しておく必要がある。というのは、三千院はどちらかといえばかなりの観光寺院のため、どっと客が訪れてしまう前に観ておきたいのと、なるべく移動に時間をかけたくないからだ。

五条から出町柳まで京阪、それから宝ヶ池まで叡山鉄道。さらにそこからバスで大原。

今日の朝は、曇り空で涼しい。雨が降りそうな雰囲気でもあるが、今日も日中は酷暑となる予報だ。


大原バス停から三千院に向かう坂の途中にこんな小粋な物件があった。松といい、茅葺の門といい、そして奥には水車も。私邸だろうか、それとも少し小洒落た割烹料理屋だろうか。

 
さて、三千院までの道は食事処やみやげ物屋、漬物屋などが並んでいる。まだ8時を過ぎたばかりなので無論どこも開いていないが、上の画像のような炸裂物件があった。左画像が良い。大原女なのだろうが、ずっと万歳している割には無表情なところがシュールだ。こちらをじっと見据えている。右画像はアイスきゅうり。きゅうりアイスでないところに注意。要するに冷やしたきゅうりのこと。河童がうまそうに持ってるし。「名物」て。


そろそろ三千院が近い。

 
三千院は天台宗の門跡寺院。滋賀の天台宗の古刹と同様に石垣が組まれている。

靴を袋に入れて持ち歩くスタイル。すなわち、入口には戻らない一筆書きのルートをたどるということになる。


入ってすぐの坪庭。中書院から見える。

 
こちらは客殿の南側、池泉回遊式庭園。聚碧園と呼ばれる。その名の通り緑でいっぱいの庭園だ。ただ、聚碧園とはいいつつも、紅葉する樹木もある。


林へと延びる垣がこの庭園に動きを付けている。赤い絨毯と庭園の緑がすごくマッチしている。


ツインの蹲。奥が法洗心、清浄水という名がつけられている。これも坪庭だ。

 
宸殿から眺めた見事な苔庭。有清園と呼ばれる。まったくその名の通り清涼感で満ち溢れている。往生極楽院という名の本堂が見える。門跡寺院だが、本堂へは回廊が連絡していない。


庭園には必ず中心となるものが存在する。それが三尊石(釈迦三尊あるいは阿弥陀三尊)であったりするのだが、有清園にはそのような石が見当たらない。ひょっとすると、有清園の中に、他の伽藍から独立してぽつんと建っているあの本堂が、この庭園を成り立たせている中心なのだろう。なぜなら、往生極楽院の本尊は阿弥陀三尊像だからだ。往生極楽院は、庭園全体を内側から成り立たせている力を持っている。文字通り本堂なのだ。

だからこそ、往生極楽院は他の堂宇と繋がっていてはいけないのである。門跡寺院といえども、あるいは天皇といえども思うようにならない原理がここにある。

死はどんな地位の者にもやってくる。誰も思い通りにならないものが死なのだ。いや、生老病死と言うように、死だけでなく生まれてくることさえ自由にならない。自分は既に生まれてしまっている。生死は自分の意思とは全く別のものなのだ。また、老いたり病んだりするのは自分の肉体だが、この肉体でさえ、自分の所有物であるにも関わらず自由にはならない。

上記のように、回廊で決して結ぶことができない往生極楽院は、天皇といえども思い通りにならない原理を体現している。彼岸の往生極楽院は、生きている限り必ず此岸からのみ、臨み、憧れ、希求・欣求するものでしかない。それにより、人であることの業・限界を悟る。


さて、宸殿。門跡寺院だけあり、やはり宸殿。虹を表現した襖絵と障壁画は初めて見たかもしれない。襖と壁が虹で繋がっているのだ。


玉座。やはり門跡寺院は寺院といえども世俗的権力とは無関係でいられないのだ。鵞と大きく書かれた掛け軸。王羲之の拓本だとか。


宸殿からは袋から靴を取り出し、外へ出る。


宸殿の本尊は薬師如来だが秘仏。2002年に、開創して初めて(1200年目)開帳したとか。天台宗ということで、やはり薬師如来が本尊なのだ。

薬師如来ということで期待していたが、十二神将どころか日光・月光さえ居なかった。ただし、脇侍の如意輪と毘沙門は居た。薬師にこの脇侍というのは天台宗では一般的なのか?


さて、往生極楽院。本尊が阿弥陀三尊なので、東側を向いているのかと思っていたが南だったので面白くない。


本尊の三尊像。もちろん中央は阿弥陀如来、その脇侍はマハースタマプラープタとアヴァローキテーシュヴァラで、正座をしている。堂の名の通り、極楽へと往生するものを今まさに迎えに来た瞬間をここに具現している。

堂内は、特に内陣と外陣を分けるようなものはないが、庇の部分が外陣、天井の下が内陣ということになっているようだった。

内陣の天井は、舟をひっくり返したように、三角形となっている。この舟の内側に二十五菩薩が描かれている。ただ、今は傷みが激しく、彩色が残っているのが幽かに分かるぐらいだ。まさに来迎図となっていて、そのうちの先陣を切る阿弥陀三尊のみが3Dとなって具現しているというわけだ。

これは時間を含めた表現方法だ。阿弥陀三尊像がここに到着しているということは、残りの二十五菩薩は必ず追いついてここにやってくる。もう間もなくだ。天井に描かれた二十五菩薩は「遅れ」という時間の幅を含めた概念の下、表現されているのだ。

平たい天井ではなく三角形とした理由は、おそらく「ボリューム」を増すためだと思う。どっと押し寄せる来迎の瞬間をリアリティを持たせて表現するなら、表面積の多くなる天井の形にする方がいい。また、単に平面的になるのではなく、z軸への展開を含めることで少しでも空間的な表現を目指したのだと思う。

以上のように考察すると、往生極楽院の内部は時間と空間の両方の拡がりを持って荘厳されていることになる。

 
苔庭に癒し系石仏。


有清園の隅に池があった。一応有清園も池泉回遊式庭園なのだ。ただし中心となるのがこの池ではないのは、上記の通りだ。隅にあるのだし。


有清園を抜けて金色不動堂へ。シーズンにはアジサイが咲くのだという。この佇まいでも十分に見応えがある。金色不動堂のさらに奥には観音堂があった。

金色不動堂と観音堂では、盆の行事である灯篭の準備が進められていた。


帰り際、往生極楽院をもう少し撮っておく。


もう一枚。

出口の手前に、展示館があった。寺宝の展示中、最も目をひいたのが往生極楽院堂内の往時の姿を復元したコーナー。舟底天井にはカラフルな二十五菩薩が描かれていた。それより注目したのは、本尊背後にあたる壁に胎蔵、金剛両界曼荼羅が描かれていたことだ。

阿弥陀如来と密教の真骨頂である両界曼荼羅がどうしても結びつかない。両界曼荼羅の中心仏は勿論大日如来だ。となれば、往生極楽院は一体どんな性格を持つのかわからなくなる。

天台宗だから「なんでもあり」なのかと思い学芸員と思しき人に聞いてみると、そうかもしれない、とのこと。このミスマッチは面白かった。


3Dの炎に包まれた不動明王。近くの勝林院の不動明王ほどは3Dではないが、凄い。炎が植物のようだ。不動明王が少し前かがみ。


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