穴澤天神社(東京都稲城市)

弁天洞窟から500メートルと離れていない場所に穴澤天神社はある。


穴澤天神社は雑木林の生い茂る山の中腹にあり、たどり着くには結構きつい坂道を登らねばならない。


当初、この神社への探訪は予定になかったが、せっかくここまで来たから、弁天洞窟の大日如来が元々安置されていたこの神社の洞窟にも入ってみようということになったのである。


息を切らして境内へと入る。洞窟はどこだろうか。本殿の左に、背後に続く細い道がある。


神社の背後には大きな窪みがあった。その窪みを挟んで先に二つの穴が見える。あれかもしれない、と思ったが、やけに小さく奥へと通じているとは考えにくい。二つの穴へ続く道はまるでけもの道で、人が何度も往復しているような気配はない。それでも、倒木の下をくぐって、確認に向かう。やっぱりこの穴は少し掘っただけのもので、残念ながら洞窟ではない。誰かが焚き火をしたのだろうか、焦げた木片が散乱していた。この二つの穴の右には梯子が掛けられていた。この梯子を使って、洞窟へと向かうのだろうか。


迷っていると、後発のメムバーがやってきた。


山本メムバーの第一次アタック。


山本メムバーは果敢にも梯子を登り切り、周囲を観察しはじめた。しかし、洞窟らしきものは一切見あたらないとのこと。仕方がない。肩を落として神社を後にする。行きとは別のルートで駅に戻ろうということになり、鳥居のすぐ側の階段で下へ降りた。ん?待てよ。洞窟って、普通は山の下にあるんじゃないか?もしかしたら、この階段を下ったところにあるのでは?足は自然と早くなる。階段を下りきったところで、辺りを見渡す。駅へと続く道とは反対方向の道の先に、小さな鳥居が見える。あれに違いない!齊藤メムバーが偵察に向かう。鳥居の先を見た彼は腕で大きな○を描き、我々に信号を送った。はやる気持ちを抑えて、鳥居へと向かうと、そこには二つの大きな穴が口を開けて我々を待っていたのだ。


洞窟の前にはさらに小さな鳥居があり、弁財天の像が立っている。この弁財天はかなり真新しいものだった。


洞窟の左には水が湧き出ていた。水を汲みに来ていたおばちゃんが我々にコップを差し出し、水を呑むように言った。そこらじゅう駆け回ってノドが渇いていたので、非常に嬉しかった。正直、そんなに美味しい水とは思わなかったが、筑波水よりは美味しかった。


さて、肝心の洞窟だが、それほど深いものではない。奥行きはせいぜい5メートル。二つの穴は洞窟内で繋がっていて、互いに連絡可能としていた。奥には二体の大日如来が安置されていたであろう跡があった。この二つの穴は胎蔵界、金剛界という名がついているそうである。どちらがどちらなのかはよく分からなかった。洞内は水びたしになっていて、気をつけないと服がびしょぬれになってしまう。床も水で溢れていて、入洞者の為に飛び石が置かれていた。
 
洞窟の近くを川が流れていて、水鳥が数羽泳いでいた。鯉も見える。新宿から電車一本、30分でこういう光景が見られるというのは凄い。

時間も無くなってきたので、最後の探訪先である玉川大師へと向かった。
玉川大師へ
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