一旦キンナラ(近鉄奈良駅)まで戻り、バスを乗り換え。

次の訪問地、不退寺に到着したのはもう14:00になろうかという時間。奈良公園の物件は回れるだろうか。

大通りのバス停からしばらく歩くと山門。


山門前では親子がスケッチをしていた。

山門をくぐると赤外線が反応したのか、一昔の店に入ったときのようなチャイムが鳴った。なんだか横着な寺という印象を受けた。

出てきた住職は、ステテコ姿でうちわを扇いでいる。対応にめんどくさそうな感じが見える。拝観料を払うとさっさと家の奥に入ってしまった。


気を取りなおして本堂へ。典型的な奈良の古寺といった印象だ。

本堂内では、青い作務衣を着た若い僧侶がやっぱりうちわを片手に待っていた。椅子を一つ持ってきたが、これは僧侶が自分で座るためだった…。椅子に腰掛け、足を大きく投げてうちわを扇ぎながら、ルーチンとなっているであろう本堂内の説明を、めんどくさそうに始めた。


本堂の壇中央には、厨子に入った有名な聖観音。頭のリボンがかわいい。垂れたリボンが肩にかかり、少しでも動いたらはらりとズレてしまいそうなあやうさがある。

自分は、仏像は単に時間の一瞬を切り取っただけのものではないと思っている。「ズレそうでズレない」というのは「ずっと見ているけど落ちそうにない」という時間の幅を前提とした言い方だ。衣がズレそうでズレないのを以て、聖観音が静かに立っている状態、つまり、一瞬よりもずっと長い時間を包含しているのだ。

光背も大きく開いた蓮華のようだ。左手の花だが、よく見ると親指だけで持っている。人差し指は他の指と同様に開いているのだ。危うく落ちそうで落ちない。この軽やかさ、危うさがこの像の放つ怪しい魅力の本質だと思う。白肌だしね。

説明に拠れば、長らく秘仏となっていたのだとか。ちなみに上の写真は、よそで張ってあったポスターを撮ったもの。

壇には他に五大明王が。聖観音の厨子の向かって右に不動明王が、他の四明王が壇の四隅に安置されていた。

観音と五大明王の取り合わせや、不動明王の位置が不自然なので訊いてみると、五大明王は本来他のお堂に安置されていたそうだが、火事に遭い、僧侶が総動員してこちらのお堂に運び入れたそうだ。まだこのお寺が大きく、多くの僧侶がいた頃の話だ。

グンダリの腰巻きに、獅子が細かく描かれているのが分かる。よく色が残っている。当初は極彩色で奇麗だったと思う。降三世明王の衣にも細かな意匠が施されている。

本堂内、壇の向かって右手には神式の祭壇があった。狛犬が両脇に絵で描かれ、上には太陽と月とおぼしき絵も描かれてあった。

売店では絵はがきがあったので、仏像・仏堂のほうのセットを買い求めた。他には在原業平関連のセットがあった(先の聖観音は業平自作との言い伝えがあるが、自分は信じない)。絵はがきがあるだけマシとは思いたいが、やっぱり全身を撮した写真が欲しいなぁと思う。

先ほどのステテコ住職はいぶかしそうに山門の外を見ていた。スケッチ親子が目障りで仕方ないようだ。いいじゃん、好きなだけスケッチさせてやれよ。


他に宝塔。もとは多宝塔だったが、明治期に上層を取り払われて今の姿になっている。一層のために「多宝塔」とはいえず、遠慮して「宝塔」といっているのだろう。


バス停近くのダイドー自販機は、お菓子と同居しているという珍しいものだった。お菓子専用の自販機はあるが、同居型は初めて見たぞ。またまた水を購入。暑くてお菓子は買う気になれん。


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