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アンコール遺跡・フエ阮朝史跡巡覧 2014年7月12~17日

昌寿陵

Lăng Xương Thọ

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昌寿陵

13:05。次の訪問先は昌寿陵Lăng Xương Thọで,阮朝3代目の紹治Thiệu Trị(ティエウチ)帝の陵墓である昌陵Lăng Xươngの奥にある。昌陵には2012年に既に訪問しているが,その時は昌寿陵の存在には気づいていなかった。

昌陵の手前にある月湖。蓮が綺麗に咲いていた。

ニンさんに「実は奥にある昌寿陵に行きたいんだ」と言ったが,「車では行けない」と言われてしまった。昌寿陵は観光客が訪れることのない陵墓であるが,昌陵の近くにある陵墓だからか,さすがにニンさんも存在を知っていた。入り口のところでニンさんが車を止めて,外を指差した。入場料を取るので払ってこい,とのこと。2年前に来た時はちょうど修復が終わったところで,まだ一般公開前だった。この2年で公開までこぎ着けたようだ。

チケットブースに40,000ドンとの表示が見えたので,50,000ドンを渡すとおばちゃんがshortと言い出した。出した金額が足りないのかと思って桁を見直してもやはり40,000ドンで,やっぱり足りている。ドンは桁が多いので間違いやすいが,仮に400,000だとしたら日本円では2,000円で見学料としては高すぎる。どういうことかと悩んでいると,おばちゃんは日本語で「ヨンマンドン」と言い出す始末。やっぱり40,000ドンで合っているじゃないかと思ったが,どうやら「お釣りが無い(short)ので丁度の金額で出せ」ということだろうと思い直し,細かいドンを持っていないのでno changeと言うとthank youと言ってようやく50000ドン札を受けとってくれた。…でもまぁお釣りが無いなんておかしいよなぁ。こうやって小遣い稼ぎしているのもしれないし,本当にお釣りが無いんだとしてもそれは怠惰だ。あまり目くじらを立てるつもりはないが,ベトナムの将来を考えると寂しく感じる。世界遺産のチケットブースですらこういう調子なんだから,まだまだベトナムは途上国であり続けるだろう。

もらった券を見るとシリアルナンバーが0000033だった。自分はどうやら33番目の外国人入場者のようだ(ベトナム人と外国人とは違う料金が設定されているので,シリアルナンバーも別であろう)。ということは最近になってようやく一般公開されたということか。あるいは,昌陵は皇帝陵の中ではマイナーな方なので訪れる人があまりいないのかもしれない。とりあえず『地球の歩き方』とLonely Planetでは紹介されているが,一般的なツアーの行程には含まれていない。

ニンさんは車を止めると,降りて陵墓の入り口にたむろする管理者たちと談笑し始めた。どうやらドライバーやガイドからは料金を取らないようだ。

なお,ニンさんはThiệu Trịをガイドブックなどで表記されている「ティエウチ」ではなく「ティウチ」のように発音していた。こちらの言い方のほうが比較的通じると思うので,自分もこちらで発音した。

昌陵の寝の隣のこの道の先に昌寿陵がある。既に左奥に華表柱が,右奥に陵墓が見えている。今回はニンさんは付いて来なかった。

直接陵墓に行っても良かったが,スペクタクルを考えると正面からアクセスした方が良いと思い,華表柱の方からアクセスしてみることに。松林を歩く。

13:11。華表柱のあたりまで来ると開けてきた。ここが昌寿陵。ティエウチ帝の皇后で4代目トゥドゥック帝の生母である慈裕太后Từ Dụ Thái hậu范氏姮Phạm Thị Hằngの墓だ。手前に月湖があり,何段かの拝庭を備える。月湖と陵墓本体の間に木々が生えているが,これは後世になって管理がおろそかになってから生えてきたものだろう。華表柱のあたりから陵墓までは下り坂になっている。歩きやすくなっているのは管理のたまものだろう。

木のせいで正面から撮るとこうなってしまう。

月湖をサイドから。中は草木が生え放題になっていた。

月湖から陵墓を見る。周りには誰もいない。

拝庭の最初の段にはいくつか背の低い柱が建っていたようだ。

拝庭。内部は三段ほどあるようだ。

門。開放されている。

門から振り返ってみる。穴の開いたタイルは最近になってはめ込まれたもののようだ。おそらくお祭りなどを執り行う際,幡を立てるためのものか。なかなか気持ちの良い景色。

内部。宝城の前に,やはり屏風がある。

宝城は囲みの中にあり,奥にも大きな屏風がある。

宝城内部。

宝城内部から門の方を振り返る。

さて戻ろう。


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